芝居を手にした黄兎の日々

芝居を再び手にした私が繰り広げる、やや外れた日々。
でも、きっと面白い日々に違いない。
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読書をつなげる、演劇へ

よく本を読んでいると言われるのが、

「本を読むスピードが速いよね。
 本当に読んでるの?覚えてるの?」

ということ。

自分ではその本の時間を感じながら読んでいて、
内容というところとはちょっと違う所に重点を置いているんじゃ
ないかなと思っていました。
たぶん、他の人と読み方が違うんだろうなぁ・・・と。
それで出会ったのがこの記事。

http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20091101

最優先でやるべきは、作者や登場人物の情動回路を
自分の脳内で動かすことだと思う。
作者や登場人物になりきって作者や登場人物の目から
見える世界を思い浮かべ、
作者や登場人物が感じた息苦しさ、悔しさ、理不尽さ、
憤りを自分も味わってみることだ。



そうそう、私の読み方ってこれなんだと思うんですよね。
だから繰り返し同じ本を読める。

推理小説とかミステリーが断然私は読むのが多いのですが、
トリック知っちゃったら楽しめないんじゃない?ともよく言われます。
でも繰り返し読んだりするのですね。
それもこの読み方なんだろうと思います。

そして、これって私は戯曲の読み方にもつながってるなぁ
って思うんです。
小説の方が地の文があるだけ、感情を補完しやすい。
練習するにはもってこいだと思います。
戯曲は会話文だけで、それ以外の感情を役者が埋めます。
小説を読み慣れ、感情の引き出しを増やすことで、
地の文がなくてもその感情を引き出せる。

そして、これを大言してるのが演劇なんじゃないか
とも思うんですよね。
脳内でディテールを細かくしたものを、自分で表現する。
まさにこの脳内での映像を立体化するのが演劇。
そう考えると、なんかしっくりくるなぁと思いました。

自分の知らない感情って、そうそう表現できないと思うのです。
体験したことのないことに共感もし難い。
おおざっぱな感情ではなくて、細やかな感情をとる。
そんな無言の訓練が読書、になれるんじゃないでしょうか。
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