芝居を手にした黄兎の日々

芝居を再び手にした私が繰り広げる、やや外れた日々。
でも、きっと面白い日々に違いない。
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【舞台】果実

劇団P.O.D.さんの公演が、今年の初観劇になりました。
今年は3か月に1回くらいは遠征して観劇に行きたいなぁ〜と
思っていたのですが、世の中の事情もあるので、
県内中心になってしまうかもしれないですね〜。
(だったら悲しいので、早く収束してほしい...)

そんなPODさんの今年1発目の公演は、素敵なセレクト。
札幌・弦巻楽団さんの「果実」という作品です。
弦巻さんの台本は、私も候補的なものの中に持っていて、
注目している劇団さんなのです。
そんな劇団さんに目をつけるとは、流石は...!という
感じです。

弦巻楽団
https://www.tsurumaki-gakudan.com/


弦巻楽団さんの作品は、シンプルで、王道。
ストーリーがわかりやすく、登場人物の動きも
明確なのですが、さっぱりにも、深くにも演出によって
味付けが色々変えられる作品だと私は思います。

だからこそ、基礎がしっかりできているか、
台本をしっかり読み込めているか、どれくらいの
深さで演出をとどめるか、行きつく先、着地点を
しっかりと定めているかなどなど、当たり前、という
ようなことを当たり前にできるかどうかが問われる
のかなぁと思っています。

P.O.D.さんは、台本の選び方がいつもうまいなと
思っているので、今回も役者さんと台本の力加減が
丁度よいかなと思いました。
キャスティングも本番前に色々あったかと思いますが、
個人的にはいい感じだなと思いました。

小泉君は「夕」と「無差別」と見ましたが、
主役辺りを一度やってもよいんじゃないかなぁと
思った時があったので、とても良い機会になったなと
思いました。本人はとても大変だったと思いますが、
できることをできるだけやれていたのかなと思いました。

しっかり公演の形にしてお客さんに届ける所まで
持っていけたのは、流石P.O.D.さんだなと思いました。


さて......今回は、ちょっと、ちょっとちょっと!
どころか、全体的に厳しめな感想や考察が多くなって
おります。P.O.D.さんに思い入れがある方、ファンの方、
関係ある方々で、ちょっとでも何か言われたらいやだな、
という方や読むことによって言い返したくなるような方は
読まない方が良いかと思います。
出来るだけこうしたいならこうするという方法がある、
私だったらこうする、という書き方をしたいとは思いますが、
劇団内の事情などは全く考慮いたしませんので、
情報の取捨選択をお願いいたします。

それでもよいよ、という方のみ、「続きを読む」からどうぞ。

■主役は誰でもできる、脇役はそれを支える

今回は、よく言われる、「主役は誰でもできる」
というのが感じられた公演だなと思いました。

劇団としては大変だったと思いますし、
当日パンフレットが修正できない段階になっての
キャスト変更で、思うようにいかないジレンマも
沢山あったと思います。

ですが、小泉君は近いうちに主役を張った方がいいかも、
と私は思ったこともあったので、役者としてはチャンス
だったと思うし、劇団としても力を合わせて一丸となる、
という時間があれば、それはとてもプラスだったろうな
と思いました。

個人的には、周り(脇役)がきちんとお芝居を作っていて、
出来上がっていれば、真ん中(主役)が代わっても
問題ないと思っています。

真ん中はまっすぐお芝居をして、周りはそれを受ける、
お芝居を引っ張っていく、お芝居を引き出せるような
芝居をする。それで十分だと思っています。

ただ、今回はそれをして欲しかったという周りの役が
機能していなかったように感じました。
特に、柿右衛門と柚は、梳々月のお芝居を正面から
受けて返す、そしてお芝居を引き出してあげる、
というのをしっかりやって欲しかったなと思いました。

それは、先輩の役者として出来ることだと思うし、
演出さんにそこまで任せてしまうのは難しいのかなと
思う部分でもあるからです。
とても仲が良い座組で、力になれる関係を作れている
からこそ、それをお芝居でも生かせればよかったなと
思いました。

真正面からお芝居を受けて、自分の台詞を真正面から
返すだけでも違うと思います。全部の台詞をそうする、
というのではなく、相手に向けて言う台詞、相手を
動かすための台詞は相手にかけていう。
掛けて欲しいなという台詞を自分に向かって、
或いは外して。一人でお芝居をしている瞬間があったので、
特に柿右衛門はそういう部分を梳々月にかけたお芝居、
受けて返すを意識したお芝居をして欲しかったなと
思いました。
相手はそれを感じられないかもしれませんが、変化は
あると思います。相手を変えられないのなら自分が
変えるのも手です。

フロンティアでも、本番1週間前に主役がケガで
急遽キャストが代わった、という思い出話は飲み会の席で
よく出ますし、アンダー(代役)がそのまま本役になる
というのも目にします。

代わった本人だけでなく、その周りも問われている。
むしろ、脇役の方がベテランを配置するということが
良く言われるのは、こういう部分に対してのことも
あるのかなと思っています。


■プロジェクター演出も「お芝居」である

今回目を惹いたのがプロジェクター演出。
色々なお芝居で見られるようになって、チェルフィッチュとか、
結構当たり前に使われるようになったなぁという感じは
あります。

お芝居の中に文字を使い込むって、難しいなと私は
思っています。
台詞(文字)が耳から入り、演者が動く(絵)は目から
情報が入ってきます。それに身体が慣れると、ぱっと
入ってきた文字情報が、文字として認識されるのに
時間がかかるなぁと今回感じました。文字の前に、
「絵・図形」として入ってくるのですよね。
そうすると、文字としての情報に脳内で変換するのが
遅れてしまう。その変換に脳みそを使っていると、
今度は次のお芝居を観るという対応が遅れる。
そうして置いていきぼりにされていきます。

正直、プロジェクターに出された文字とお芝居が
かみ合っていなかった場所、文字だけが速くパッぱっと
出て流れていったところは、私は見るのを辞めました。
読んでも頭の中での処理が追いつかないし、そんな風に
台詞を扱っているということ自体にこだわりが感じられず、
そういった想いしかない表現を重要だとは思えませんでした。

演出さんだけでなく、文字を担当された方、オペの方、
これを見ていた周りの人たちが、ここについて指摘しなかった
ことはないと思いたいです。時間がなく、本当はこだわり
たかったのかもしれません。そうであって欲しいと思って
います。でも本当に時間がなかったのでしょうか?
これを一人でも頑張って調整して、演出さんの、作品の
力になりたいと思う人はいなかったのでしょうか。

パワーポイントで出力していたんだと思うので、パソコンに
詳しくなくても、文字の出力間隔を1つずつ試して、
確認して貰って、ベストな間隔を見つけることは誰にだって
私はできたと思います。
演出さんが手が回らなかったときのための劇団員であり、
メンバーさんだと私は思っているし、それができる座組力が
P.O.D.にはあると思っています。

ちなみに、私だったら、表示間隔をもっとゆっくりにします。
文字の長さによって、一文ずつ調整します。すべて手動で
出力しているなら、役者さんのお芝居を見て、それに合わせて
文字を出します。また、文字のフォントを今のものから、
杏っぽいフォントに変えます。(デフォルトのゴシックより、
気持ち丸みのあるものにします。)あわせて、梳々月の
フォントも、杏のものに近いもので、あまり差がわからない
ものに変えると思います。見ている人がどちらの台詞なのか、
明確に出なくても、感覚でわかるようにしたいです。
文字のIN、OUTもガウスっぽいゆっくり入って消えるやつの
方が、雰囲気があった気がします。(箇所によってはそのまま
だしたりすると思いますが。)

文字の演出は、昨年観たロ字ックの「掬う」がとても良くて、
本当にため息が出るほどの美しさだったので(それだけで
泣けた)、もう少しこだわれるのならば、動画で組んで
みるのもいいかもしれません。(夢が広がる)
文字の出方、消え方、フォント、色...全てが作品で、
演出の対象です。

この文字演出には賛否がありそうですが、私の第一印象は
「台詞をこういう風につかったんだ、斬新」
「映画っぽい」
「scene○○という表記は、あとまだ何シーンあるのか...
と見ている人が現実に引き戻されるから私は使わないかも」
(↑これについては別の意見もあるので後述)
「役者の台詞軽減のための手段に見えてしまう(演出に
見えないなぁ)」
という感じでした。

個人的には、とても映像っぽい感じがして、面白いな、と
いう風には思いました。
自分がやるとしたら使わないだろうな、と思ったので、
余計に面白いなと思いました。

映し出した台詞には、印象的なもの、象徴的なもの、物語の
芯になるものが含まれていたので、私としては、それは
きちんと「声」で聴きたかったなと思いました。
演劇の良さはやはり言葉に魂や意図や感情が乗る、という
ところが面白いと思っているので、それを感じられなかった
のは勿体なかったし、この作品の芯を問うのであれば、
それは、生きた人間が、生きた人間としてその言葉を吐く、
というのは大事に扱った方が良かったのではないかと思いました。
本家の弦巻楽団がどんな風に演出したのかはわかりませんが、
私だったら、文字をメインにして頼る風にはせず、
演劇的に、杏の口から台詞を言わせる手法にする
かなぁと思います。

白い服を着ているので、ブルーの光が当たるようにして、
人ではない雰囲気をつくる、であったり、演技できるエリアを
分けて、さらにブルーとかをそのエリアに限定する、という
やり方をするかもしれません。地面に足をつけずに演技する、
というのもいいかも...。
梳々月には杏が見えているけど、他の人には見えていない、
というのをわかりやすく、演劇っぽく見せるというのは
ちょっとやってみたいし、演劇らしい手法だと思うので、
それはちょっとやってみたいなと思いました。
補助的に文字はパワポで出してもよいですしね。

顔文字の所は凄く面白かったし、それは文字だからこその
表現だったなと思う反面、それをお芝居で、声で表現
したらどんな面白い音色が生まれたのかなと思うと、それも
挑戦してみたい気はします(笑)

面白いやり方だなと思ったので、それをどう使いこなして、
作品に作り上げていくか、というのはまだまだ出来そうだなと
思いました。単純に演出さんの引き出しが少ないだけで、
きっと色んな芝居を見たら、私の考えたことなんてあっさり
思いつくだろうし、もっと面白いやり方ができる演出さんだと
思っているので、もっともっとお芝居にのめりこんでいって
欲しいなと思いました。少なくとも、演出して1本の作品を
作ったというのは素晴らしいことだし、演出もせず、感想だけを
ただただ書き連ねている私よりは遥かに素晴らしいので、
沢山勉強していってほしいなと思いました。

ただ、意図や理由が何にせよ、この文字出力形式にしたのは
英断だったと思います。最初からこの演出にしようとして
いた場合でも、途中でこれに切り替えた場合でも、勇気のいる
決断で、それができたことは凄いと思います。
その後この演出を上手くいかせていなかったというだけで、
その点はもっともっと経験を積めば解決できることだと
思っているので、そこは気にせず、自信を持てる所で
自信をつけて欲しいです。


■「scene○○」を出す意味は何だったのか

これは賛否が分かれそうですが、個人的には現実感が
出てしまうので、あまり好きではありませんでした。
台本に指示としてこれも映し出すこと、という指示が
あるのであれば、これを出す意味をきちんと考えなければ
ならない、あるいは、これに頼らない演出で成立させれば
いいのかなと思いました。

出す意味って?というのを観劇後に話していたのですが、
その中で聴いたのが、「ドキュメントを撮っていたのだから、
それを再生しているのがこのお芝居本編なのではないか」
という考えでした。
なるほど、それならこのscene○○という表記はわかります。

そういう演出だったのであれば、冒頭のエピローグ、
梳々月が一人で語るシーンはもうちょっと工夫が必要
だったような気がします。この後に再生される物語、
というイメージのSEだったり、照明だったりをもっと
わかりやすく作った方が良かったかなと思いました。

作品中で、何か引っかかる部分があるとしたら、
見ている方は、ずっとそれについて頭のどこかで考えて
しまいます。そうすると、進んで行くお芝居に集中できない。
意図的な演出でないのであれば、それは適切ではないかも
しれません。見ている人に自分がどんなことをしたいのか
伝えるために、色々考えなければならないです。


■出発点と着地点をつなぐ

最初と最後が同じ台詞が印象的でした。
この点は、事前にちょっと台本を読ませていただいて、
こういう構成の作品は、こうするのがポイントだよ〜、
そこはどうしたいと思っている?という話をしたことが
あるので、どう処理したのかなと思って見ていました。

先の文字を出す演出のところでも少しだけ出しましたが、
印象的な同じ台詞が文字としてだけで流れてしまったのが
勿体なかったし、この作品の魅力が欠けてしまったような
印象でした。

これは、後から書く梳々月くんの感想にも入ってしまうの
ですが、梳々月がどう変わるか(成長したか)という
部分を中心に考えたら作りやすいのかなと思いました。

ただの同級生という事実しかなかった梳々月と杏の
関係が、次第に文化祭の出し物や、家の事情という背景が
わかってくることによって深くなっていきます。
それによって、梳々月が杏をどう思っているか、どう
思っていたかというのが変化や成長に関わってくるのだと
思いました。

そこから、最初は梳々月は杏のことをこう思っていたけれど、
この台詞の時は違う風に思うようになった、という部分を
まず見つけます。ちなみに
「杏は生きている。話してる、人間だ」的な、結婚式を
しよう辺りの台詞が変化点,世隼笋六廚い泙后
次に、一番最後の柚と話していて、本当はこう思っていた
という最後の告白が変化点△世隼廚い泙后

こう考えると、梳々月は、この2か所をきっちり演じれば、
それ以外は小泉君が演じた形でも、何とか成立できるのでは
ないかと思います。だから、小泉君は、この2か所だけ、
きちんと生身の人間の持つ音色、感情、意図を出せる
ようになるのが、この作品の主役を張る最低限の役割だと
私は思います。実力や基礎、ではなく、梳々月の想いを
まっすぐ、体当たりで演じれば梳々月はとても魅力的に
なると思います。台詞を出すのが一所懸命かもしれないけど、
この部分を自分で意識して、まずは気持ちを動かして
言葉を出す、ができるようになったら素敵だなと思います。

それを引き出すのは、梳々月に関わるキャラクターです。
柿右衛門、柚は受ける、返すを強く出して、感情的に
喋られるようなお芝居を引っ張り出す。
単純にまっすぐ目を見て台詞を出して、梳々月の声量を
出してあげる。なぜ声量が出るのかを教えてあげる。
気持ちが、裏に想いがあるから、相手を上回るために、
相手を説得するためにそれが必要になる。
そういったところにしっかり向き合うところから始めたら
いいんじゃないかと思いました。
(声が出ていないわけではないですが、その音色に
感情が宿っていたかと言われたらちょっと違うと思います)

ここをしっかり描ければ、芯ができて、物語として形に
なっていくんだろうなと思いました。
そして、最初の夏緑夫妻の掛け合いは、明るさとテンポ、
そうやって作品の雰囲気と緩急をつけていく。
これは演出さんが言わなくても、役者さん同士でシーンを
作っていくことができると思います。
演出さんがそれを自分のイメージとあっているか違うか、
伝えたらきっと修正して合わせてきてくれると思います。
夏緑夫妻の掛け合いは年季も入っていると思うので
(役者さん同士が)面白いものが出来上がってくるはずです。

根底にずっと暗いものが流れていて、何をしても暗い印象に
なっていたように私は感じたのですが、意図的に演出として
そうしていたのなら成功だと思います。もし、そうではなく、
もっと明るいシーンとシリアスなシーンのメリハリを
付けたかったのならば、そうはなっていなかったように
私には見えました。



■キャラそれぞれ

・梳々月
最後の学校のシーンの「知るかよ」というセリフが一番しっくりきた。
このしっくり加減を全部のセリフの中に増えていったらいいな。
「夕」の時よりも台詞が慣れてきてちょっと上手くなってるなと
思いました。キャラ、小泉君の良さは「夕」の時の方が出ていた。
先にも書いたけれど、単純に気持ちを動かして出す、っていう
ことをできるようになっていったら、超絶伸びると思う。
今回やりきったので、自信を持ってください。メインを張れる
役者さんに成長できると思ったので、ぜひそんな小泉君を
見てみたいです。

・杏
自分の想像通りのお芝居をだしているかもしれないけれど、
キャラをあの声で表現しても、中の意図や感情がみえず、
棒読みにみえる。演出的に、「死んでるけど生きてる杏」
「生きてるけど死んでる梳々月」という対比にして、
最後は逆になる、という風に作るという方法もあって、
そうするならば、梳々月のあのお芝居に対して、
杏は生きている人のお芝居をしていければ、そういう成立の
させ方もあると思った。
初日、梳々月のロミジュリの台詞が出てこなくて
固まったけれど、きちんと集中を切らさずにお芝居を続けて
いて、とても良かった。あれが出来るのは本当に凄いので、
いい役者さんだと思いました。欲を言えば、その時に出た
フォローの台詞とかが、杏ではなく、大野ちゃんが出した
音色になってしまっていたので、それもきちんと杏として
対応できたら神対応でした。

・柿右衛門
このキャラクターは、門口さんが演じるのであれば、
私はそれがベストでは無いと思いました。
演出から求められてそのキャラクターになったのであれば、
演出さんの引き出しや、門口さんが演じた時の良さを
感じられるように、色々勉強して貰えたらなと思います。
逆に、役者として台本を読んで、自分が演じるならば
この感じでやるのが自分らしい、という所からこの
キャラクターになり、演出さんからも特に演出や意図が
伝えられずそのままOKになったのだとしたら、
私はもっと別のアプローチで作った方が、門口さんの
良さと説得力、この役を成立させられる芯が生まれたと
思いました。
どうして娘のため、として茶番劇を始めたのか、
そしてその背景から、自分のためだったと言葉にする
シーンまで、その想いや意図があった上での行動だった、
としたときに、私はそんなに深刻のまま流々月の前に
現れるのだろうか、という思いが消えません。
柿右衛門さんは、強くて弱い。行動できる強さはあるけれど、
それは弱さからくる強さじゃないか、そんな気がしています。
それが、娘を提供者にするあのシーンに集約されているんだと
思います。
自分に向かう気持ち、周りに向かう気持ち、そこにある
複雑な心境はシンプルに出ていたと思います。ただ、
私にはあの立ち位置、役割のキャラクターだとしたら、
もっと様々な感情を押し出すように、噛み殺すように
演じた方が、柿右衛門の心情が深く伝わったような気がしています。
柿右衛門の真摯な感じはやはり門口さんだからこそ
だせる部分でしっかり支えていたので、そこはとても
良かったと思いました。

・柚
このキャラクターも柿右衛門と同様ですが、そこは
南本さんの素直な優しさが台詞の色々な所にちりばめ
られていて、とても素敵だと思ったし、南本さんらしさも
感じました。素敵な台詞が連なってくると、何となく
、雰囲気で演じている所の台詞がただの綺麗な台詞、
になってしまっている所が見られて、勿体ないなと
思いました。できれば、綺麗な台詞、ではなく、
生きているキャラクターの言葉が私は聴きたい。
細かい手の動きとかまで私は柚っぽくて好きでした。

・柿右衛門&柚
父と母は、梳々月のお芝居を引っ張れるように
真っ正面からぶつかって欲しかった。
人に掛ける台詞、自分に向かう台詞、明確になって
いないシーンが特にそう見えました。
もっと杏に対する距離感を親子にしたら良かったと思う。
寝ている杏に対して、触る、見る、近くに座る、
そういった距離感が作りこまれていなかったのが残念。
演出からそういったところも作りこみをして欲しいけれど、
そこまでできるかはわからないので、役者側からそういう
お芝居の提示をして、演出さんにOK、NGを見て貰う
スタイルで作っていった方が、演出さんの負担は
軽かったのではないかと思った。(そして、それが
できる役者さんがこの役にあてられていると私は
思いました。)

・北上先生
優香ちゃんのキャラアプローチ好き。こういう方向から
攻められるのは良いと思うのでどんどんやってほしい。
(あんまりこういう感じの容姿でキャラを作れる人が
県内にはいないので、とても良かったです。)
セリフが一定の音量で均一にでてないときがあるので、
意識していうこと。短い登場シーンのキャラは、
出る場所出る場所丁寧に演じていかないと、
なぜ出てきたのか印象が薄くなると思います。

・苺
八重子ちゃん安定感あって素晴らしい。
最後の本を拾って言う決め台詞は、初日で演じたもの
ではないと私は思いました。張る芝居から、抜いても
前に飛ぶお芝居もできるようになったらもっと素敵だし、
演じられるキャラの深さが変わると思います。

・枇杷丸
いつもずるい役だなぁ。(褒めている)
ひとりでお芝居をしていてもいいキャラクターだと
思うけれど、孤立してもいいキャラクターでは
無いと思うので、周りと連携して舞台に存在して
居て欲しかった。

・国光
鞄の処理に一瞬戸惑ったので、稽古の時から気に
すること。鞄の持ち方一つでキャラクターに違いが
生まれます。私なら、クリアファイル?を渡す
ところは、鞄を肩に掛けずに入ってくるように
すると思います。肩に鞄を掛けるって、鞄によっては
野暮ったく見えるし、カジュアルな感じがするので、
片手できちんと下にさげて持ってくる方を選ぶと
思います。
2回目に登場したシーンだったかな?数歩前に出て
台詞を言ったところがあったので違和感。
踏ん張ってその場で台詞が言えるように。
前に出ても良いキャラでは無いと思うので演出さん、
どう扱うか気をつけて。


■思ったこと箇条書きで
・舞台セットのあの扉素晴らしい。何が素晴らしいか
 って、あの音!引き戸の音が出てて、その音が
 素晴らしかった。あれだけで一気に病院感が出た。
・音は最初とか最後とかもうちょっと音量を上げても
 良かった気がする。(これは好み)
・今回は音楽全体的にあってた気がする。
・照明がじわっと注意深くついてたところが良かった。
・やっぱり梳々月と杏のシーンはもうちょっと照明演出
 (色?)入れても良かった気がする。白くて雰囲気が
 あんまりなかった。
・団員募集のチラシがリニューアルしていて良かった。
・アンケートの鉛筆不要なのを伝えたところ動揺気味
 だったのですが、要らない人もいますにょ。
・舞台セットのカーテンの辺りとかあんまり使われ
 なかったのがなんかさみしかった
・上から隠した本が降ってくるところ好き。
・杏の高校の制服、しわが気になったので、ベストとか
 増やせなかったかな?
・大野ちゃんの制服姿が最高だったので5000兆点
・優香ちゃんの女医が女医だったので最高
・パンフの門口さんの写真がイケメンでずるい
・中途半端にマイムで飲んだりしてたのが気になった
 (やるならきちんとマイムする)
・殴ったり叩いたりの所がめっちゃキレがあって
 かっこよかった。
・柚の最後のシーンあたりって、時間経過してる?
 してるんだったらカーディガンとか衣装でちょっと
 違いをだしたらわかりやすかった


ちょっと時間が経ってしまったので、まだあったかも
しれないですが、このような感じです。

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