芝居を手にした黄兎の日々

芝居を再び手にした私が繰り広げる、やや外れた日々。
でも、きっと面白い日々に違いない。
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些細なこともきっと観てくれる人への意識

twitterでつぶやき始めて、ちょっと書いたことが
続いて、ブログに移動することをすっかり忘れて
そのまま書いてしまうことがちょくちょくあります(笑)

twitterって字数制限があって、その字数区切りで
ある程度意味が通じるように、自分の言いたいことに
近い言葉を詰め込めるようにしているつもりなのですが、
文章力がなかなか追いつかないために、度々伝わり
切らない文章になってしまいます。
その度にtwitterで考えをまとめるのは向いていないから
やめようと思っているのですが、それをすっかり忘れて
しまうのですね...。

複数の投稿がつながって初めて意思や意図が伝わるように
なっている書き方をしていたとしたら、そのうちの1つだけを
チョイスされてしまうと全く違ったものになったりとか
しそうですしね。自分へのリプライでつなげることも
できるのですが、なんだか私はそれが好きではなくて。
そんなに繋げるんだったらブログに書け!(笑)って
セルフ突っ込みをしてしまいます(笑)

そんなわけで、今日は車で移動する時間が長かったので、
ぼんやりと考えたことを整理するためにブログを書いて
おこうと思います。twitterでもそうだけど、私って
自分の考えを整理するためだけに文章を打つことが
ほとんどなのですよね。女性はおしゃべりして自分の
考えをまとめることが多いらしいですが、それの
文章版、なのでしょうか。

さて、ぼんやりと考えていたのは、私たちは前提として
観ている人がいるということを頭に入れて舞台を作っている
ということです。
観ている人を意識して(観ている人のために、という
言葉は適当でないのかもしれないので、ここでは
この言葉にしてみます。)舞台やお芝居を作っている
のは前提で、当たり前という土台の上でやっていると
思います。

それは多分お芝居をつくる中で、演出さんや同じ役者
さんから「観ている人がいるということを意識して」
という言葉を1度は言われていると思うからです。

それは、
立ち方だったり、
声の大きさだったり、
滑舌だったり、
キャラクターの作り方だったり、
シーンの作り方だったり、
衣装だったり、
その他色々な、具体的な細かいことの集合体に
なるんじゃないかなって思います。
それが演出、っていう言葉に集約されているのかも
しれません。

そしてこれらは観ている人に意識される部分では
無い方がいいと思います。観ている人が気が付かない
部分であり、気が付かれてはいけない部分なんじゃ
ないかなと思ったりもします。


観ている人すべてを満足させることはできないと
思っているし、楽しいという感情も千差万別で、
それら全てを網羅することもできないって思って
います。1から100まで満足は難しいけど、
舞台を観た中で一瞬は楽しいと思わせる、1割は
楽しいと思わせることはできるかもしれない。
全部ではないけれど、作品の中でそう思える部分を
少しでも多くしてもらえるのを目指して作るのが
私にとっては精一杯です。

作品や物語は楽しいかどうかという部分の割合が
大きいと思います。好みと言ってもいいかもしれません。
ストライクの物語だったら楽しいと思う可能性は
高いだろうし、好みでなければ逆かもしれません。
個人的には物語を観ている人のための軸に
置くことは難しいと思っています。
観る人のために物語を選ぶことはきっと難しい。
万人が好きな物語というのは難しい。
だから、作品を選ぶという部分は、自分たちが
演りたいものをセレクトしたり書くのがいいのだと
思っています。
その上で、先に挙げた観ている人が少しでも
楽しいと思える瞬間を増やすのを私は目指したい
って思っています。


観ている人を意識して、伝わりやすくするために、
より適切に自分たちが伝えたいものを伝えるために、
立ち方や声の大きさ、スピード、滑舌、キャラクター、
そういった演出にも関わることを気にしています。
それって最終的には観ている人を意識することに
なるんだろうけど、出発点としては自分が上達する
ため、なんだろうって思います。
自分が上達した結果伝わって観ている人に伝わった、
であり、
観ている人を意識したいと思って自分が上達する、
であるのかもしれない。
卵が先か、鶏が先か、みたいなことですね。(笑)

だから私は自分が上達するためにしかお芝居を
できないんだと思っています。人のためとか、
何かを良くするためとか大それたことなんて
出来ないと思っているし、演劇で誰かを本当に変える
ことなんてできないと思っています。
変わるのは結局その人本人だと思っています。
できるのは、変わるきっかけになるものを作ること
くらいなんじゃないかって思っています。

私は自分の上達のためにしかできないけれど、
一緒にお芝居を作ってくれる人はそうじゃないかも
しれない。少なくとも今は、今一緒にお芝居を
作ってくれている人は、私がこんな風に細かいこと
ばっかり考えているけれど、そういう部分を一蹴して
くれるようなお芝居の作り方をしているし、
私よりも観ている人の目線に近いところから
分かりやすいお芝居を作ろうとしてくれる。
それでいいと思っているし、だから私はこんな風に、
こんなこと考えながら生きてて面白い?辛くない?
みたいに思われるかもしれないですが、
私なりに楽しくやっています。
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