芝居を手にした黄兎の日々

芝居を再び手にした私が繰り広げる、やや外れた日々。
でも、きっと面白い日々に違いない。
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【舞台】まばたきの庭

劇団ふだいさんの冬季公演「まばたきの庭」を見てきました。
み群杏子さんの作品は、ちょっと気になっていたので、
いいチョイスをするなぁ、なんて思っていました。
(パセリの木も上演してたときに気になってたけど行けなかったしね)


劇団ふだい冬季公演
「まばたきの庭」
2019年1月14日(月・祝)15時〜
下手前列辺りで観劇
at 富山市民劇場オルビス



作品のチョイスなのか、フライヤーデザインなのか、
twitterなどの広報なのか、観に行った方の感想ツイートなのか、
はたまたそれらが合わさってなのか、動員数に直結していた
感じがしたのは良かったです。

「いつもより人が多かった」ではなくて、
なぜ動員が多かったのか、ということを反省会や打ち上げなんかで
話し合ってみるのも面白いかもしれないですね。
作者のみ群杏子さんも観劇に来ておられたみたいで、
Blogやtwitterなんかにも感想があがっていましたね。

私もツイートしましたが、この感想と、お客様から頂いた
アンケートがすべてでこの公演は十分だと思います。
「とても良かった」という気持ちでこの公演を思い出に
したい方は、この後は読まずにそのまま日常に
戻られた方がよいと思います。

かなりボコボコにされても、1行だけでも褒められて
いる部分があるのなら、そのために読みます!!という
気概がある方、むしろボッコボコにしてください!!
みたいな方がいましたら「続きを読む」からどうぞ。

できるだけわかりやすく書こうとはつとめますが、
文章だけではわかりにくい部分もあるかもしれません。




■大道具の白が世界を作った

劇場内に入って目を引くのはやはりこの白い舞台セット。
高さもあるし、白い。この白いセットってそれなりに
かっちり組まないと逆にダサいみたいな所があるので、
これだけ組まれて、凝った作りになっているのは舞台部が
素晴らしい仕事をしているなぁと思いました。

陰影の出来方も素敵。これだけで異世界感がとてもある。
日常とは違う何かが起きるんだ、って思いますよね。
演出としても掴みが良いと思います。
樹のセットも面白い。こういう組み方で陰影もでて
これは面白いなぁと思いました。
照明があたった樹の陰も素敵でした。
この舞台は役者さんなら立ってみたい!!って思うよね!!

さらに作品との親和性を高めるのならば、
夜空をもう少し意識したら良かったかも。
フライヤーやチケットのデザインで夜空のイメージを
共有しているのに、舞台セットに夜空の印象が薄い。
中央のパネル部分とその両隣だけでいいから、
あと高さを40センチくらい低めにして夜空をみせたら、
ぬけ感がでたかもと思いました。

この人たちは出られるのに自分の欠けている部分を
見ようとしないでここにとどまっているのだから
(手紙を待っているけど待っていない)、
ぬけ感があるけど(物理的に出ていけるけど)
そこにいるっていう矛盾感がそういう意味では
でたのかなぁと思いました。

また、樹も素敵だけど、ブルーバックで樹のシルエットになったとき、
樹の枝葉のところしかホリに映らなくてきれいな樹に見え
にくくてもったいなかった〜と思った瞬間も。
細かいところだけど、こういう積み重ねが
演出に蓄積されて出てくると思います。
個人的には空、星はこの作品にとって重要な気がするので、
夜空と星、空の役割も掬い取るというのも面白かったかなと
思いました。

樹の使い方ももっと生かすことができたらと思いました。
樹って舞台上にずっとあるから、象徴的にみえるなぁって思います。
例えば、レミ(鳥)が樹のまわりに居ることが多い、
っていうのでも無意識や潜在的に見ている人に樹に
集まってくるもの、として鳥をイメージさせることが
できたかもしれない。
魚にウズラの卵をやっていた池の横には樹が
あったかもしれない。

個人的には、それぞれの願いや悔いや未練などが、
帚星の力で、樹も力を貸して、7月7日という星の力が強まる日に、
(強まりそうという私の勝手なイメージですが)
生(誕生日)と死(命日)の狭間であるこの庭にこの人たちを
連れてきたみたいな感じかなぁと思ったので、
この樹も大事に作品に組み込んであげられたらなぁと思いました。


■台本に欠けているものを埋める難易度

観終わった後ちょこちょこ感想で聴いたのが、
「台本的に不足している部分が結構ある」
というようなことです。

観ている人が「こうだろうな〜」「こうかな〜」と思いながら
観たり、自分で想像して補完する作業が発生していたよな、
というのは思いました。

これは個人的にですが、台本に不足があるというのは
台本を読んだときに多分思うと思うのですよね。
不足、とは思わなくても、

「ここはどういうこと?」
「説明が書いてない」

というようなことは思っただろうと思います。
ただ、それは台本を選んで決めた時からわかっていることで、
それを承知の上で、あるいは、それを演出や役者で自由に
想像して補完することで成立させてもいい、っていうこと
だと思っています。

だから、自分たちが読んで書いていない、不足しているという
部分は、お芝居なり、演出なりでひとつでいいからシンプルに
筋を通してあげればいいと思うのです。自分たちがそうだ、
と思ったことを盛り込んでいく。それが正解かどうか、
ということよりも、

「自分たちはこう思った、考えた」
「だからお芝居をこうした」
「演出をこうした」

ということがあって、それが

「観ている人に伝わった」

ということがまず大事で、伝わって、あわよくば、
「観ている人が納得できた、共感できた」
っていうことでいいと思うのです。

それがあるだけで、観ている人は見ながら余計なことを
考えなくてよくなるし、それ以外のところを見てくれる
と思います。

この作品は一応筋というか、ストーリーは何となく
つながっていると思うので、ベタでシンプルで
わかりやすい理由みたいなものをお芝居や演出で
つけてあげればよいのかなぁと思いました。
それくらいだったら何とかできるかな、と思います。
台本にない部分を補完して作ってお芝居をつくって
伝えるという作業が発生するので、その分難易度は高いなと
思いました。シンプルだけど難しい作品だというのは
そういう点からです。

演出として決めたとしても、それを役者が理解して
表現できるのかっていうのが大きいかも。
今回の役者さんは力も似通っているし、
演出さんも沢山伝えたり話し合ったり
したりしたんだろうなと思いました。

そういう積み重ねであの雰囲気、空気感ができたんだと
思います。あの空気感は本当に良かった。
あれは、あの座組で、あの役者さんたちと演出さん
だったからできたんだろうなと思います。
一所懸命演出さんの世界観を共有しようと役者さんたちが
頑張ったというのも伝わってきます。舞台って団体競技で、
台詞がなくても、動きがなくても、舞台の上にいる誰かが
気を抜いてしまうと、どんどん空気感ってなくなっていきます。
そういうのをこれからも意識してやってみてほしいなぁと
思います。


■結末からさかのぼって演出を考える

ストーリーが動き始めるまで。
スイが庭に現れるまで、うん、結構見ていてしんどかったなぁ〜(笑)
体感的にその時点で2時間くらいやってる、みたいな感じ
でした。この雰囲気を作るためにはこのテンポで、台詞の
スピードでしかできない、っていうのは、稽古をしてきたとは
言えないかもしれません。見ている人が辛くない、かつ、
自分たちが出したい雰囲気や空気感が生まれるところまで、
少しずつ間とテンポを詰めながらできるようにしていく、
というのが稽古です。

感情とかでもそうですよね。
嬉しいという感情を台詞に出すのに、50秒かかるのでは、
そのシーンで不適切かもしれない。でも、繰り返し稽古をして
いると、それが短い時間でできるようになってくる。
それをできるようにしていくのが稽古だと私は思っています。
さて、そのストーリーが動き出すまでをどうするか。
こういう結末がはっきりしていて、前半がどうしてこんな風に
描かれているのかわからない時は、逆から分解しつつ読み解くと
よいかもしれません。


スイの元にテンコが生まれ変わってやってくる
 →テンコが生まれ変わりたいと願うシーンは大事
 →スイが家族(妹、父)に対して話すシーンは大事

このテンコが生まれ変わりたいというシーンをどう作るかで、
猫に生まれ変わったという事実が見ている人にとって
どうとらえられるかっていうのが変わってくると思います。

何に生まれ変わるかわからない、記憶が消されるという
中で、「猫に生まれ変われた!」というポジティブなラストに
するのであれば、テンコは強い希望をもって、絶対にスイの
もとに帰るんだという気持ちがわかるようなお芝居と演出。
逆に、「近くにいられたけれど、猫にしか生まれ
変われなかった」というネガティブな部分も含まれるのであれば、
テンコは希望を持ちつつも、でも不安で、心配で、という
気持ちがあるようなお芝居と演出がいいかもしれない。

私は100%ポジティブな風には見えなくて、
「生まれ変われたけど、それは、猫、だった」というちょっぴり
さみしい感じに感じました。
狙っていた感じだったら十分伝わっていると思います!

テンコが生まれ変わるために庭を出ていくシーン。
台詞はないけれど、見つめる視線の強さや歩き始めの1歩目、
そういうささいな部分に希望や強さが演出として加えられて
いたらまた違ったのかもしれません。
演出さんがどんな風にラストを見せたいか、というのは
はっきりしていたのでしょうか。


バツとマルコ先生がお互い気にしていた相手だと判明する
 →手紙を待つシーンは大事(どれくらい必死なのかわかるか)
 →先生にこだわるという部分は大事
(これ以外にも何かあったような気がするけど、1回しか
 みてないからやっぱり記憶が...汗)

これによってふたりは庭にいる理由が無くなって、消えるので、
きちんとこれが解消されていないときの心情や描写を大事にする。
ふたりの雰囲気はなんかよかったな〜と思いました。
バランスが良かったのかも。欲を言えば、バツの、
「卵を食べておなかを壊して〜」というエピソードが
どんな意図で言われているのかがバツというキャラクターらしく
見えればよかったかなぁと思いました。

結構しんみりしていたけれど、必死で、でも明るくて、
みたいなキャラクターだったとしたら、そこはマルコのことを
大事に思って、明るく、とるにたりないことだった、という
ような感じでふるまってもよかったかもしれません。

そうするのなら、それがキャラクターとして見えるように、
前半から、明るくてムードメーカーみたいな感じで振る舞う
っていう作り方もありだったし、他のキャラと差別化や
印象に残るキャラになったかもしれません。
(私にはちょっとしんみりしちゃう感じに見えましたが、
それもいい雰囲気でした。そのしんみりした感じのまま
ふたりのシーンが終わってしまったので、なんかちょっと
さみしいなぁ、って気持ちでした。)

そして、マルコ先生は、ちゃんとそれに反応して心を動かす。
大人だからね。それがどういう事なのかはわかるしね、
それに対して、嬉しいとか、好きだとか、そういう気持ちが
生まれると思うのです。それを、表情や目線、手の位置、
動きなんかで見せる。そういった演出をつけるのも
よかったかもしれません。


ソラの飼っていた鳥がレミだと判明する
 →ソラの絵に何かが足りないというシーンは大事
 →ソラのレミに対する態度が、わかる前と分かった後で違う
 →レミの声が無くなったというシーンは大事

私は割とすんなりレミ=鳥っていうのを受け入れてしまったのですが、
そこでひっかかる人もいるかもしれません。
「不思議な世界=現実的で無いことが起こる」みたいな図式は
私的にはアニメとか小説でよくあるので、そういう感じなんだろうなぁ
みたいな感じでした。

レミの声が出ない、というシーンはいいなと思いました。
この役者さんの良さみたいなものがでてるなぁ〜と思ったし、
説得力があったように見えました。

引っかかってきたのは後半で、どうもレミに共感ができなくて、
こういう解釈のお芝居でいいのかな?と思ったところが
いくつかありました。

だんだん鳥かも、と思いはじめてくるときに、ソラに対して
結構ワガママなのはいいんだけれど、本当にこんなワガママ
ばっかりでこの鳥、可愛がってもらえてたの?
ソラどんだけお人好しなの?という感じでした(笑)
どこかで、お客さんがレミに共感や愛着を持ってもらえるような
お芝居っていうか演出ですよね、
(今はツンデレのツンしか見えなかったので、どこかで
デレを出す)があったらよかったかもと思いました。

あとは、「風見鶏」になるっていうシーン。
あそこはソラと離れて風見鶏になってヤッター!みたいに
感じたのですが、そこが違和感でした。
唐突に風見鶏もでてくるし(笑)

なぜこのシーンがあったのかをずーっと考えていたのですが、
風見鶏がついているところって、教会とかそういうところかな、
と思い、それを思うと、レミはソラが死んだっていう事を
知って(この庭で会って気が付いたのかしら)、声がなくても
祈りを送れる(=教会)に居れる方法を鳥なりに考えた結果、
風見鶏という選択をしたのかなぁと単純に思いました。
そうすると、あそこはデレを作れるシーンかもしれない。

元気いっぱいにやるとしたら、「強がって」だし、
本音の部分が出るのだとしたら、手紙が来て「やっと来た」
という台詞のあたりは、表現はガラリと変わると思います。
(私は後者の方が好き、っていうか見てみたい)
本番で見た感じだと、強がっているというニュアンスは
なかったかなぁと思いました。

そこで本音で、本当はソラのために何かをしようとしていた
っていう健気さが見えれば、ソラの「はなこ!!」って呼んで
追いかけるシーンの「はなこ!!」の表現も変わってしっくり
くるかなぁと思いました。

そして、ソラが空に向かって、鳥に向かって手を伸ばした
というシーン。レミは「そんなところを飛んでないわ」
みたいな台詞があったと思うのですが、その台詞も違和感。
それも、ぴしっという方向ではなくて、飛んでいないのに
なぜ?という方向のニュアンスの方があっていたのかなぁと思いました。

鳥=自分、じゃないのに鳥を見た、というところから、
何か別のものをみた(=箒星)ということだろうと思うし、
あの手を伸ばした時、ソラに死が訪れた瞬間だったのかなと
私は思いました。見間違えるほど朦朧としていたのかも
しれないし、死が近いことで箒星をレミだと思ったのかも
しれないです。

あの手を伸ばすシーンは、ソラの役者さんの長身が
生きるシーンだと思いました。一番空に近づけるもんね。
ぐっと手を伸ばした瞬間は、かなり来ました。
台詞がないところのお芝居で魅せるのはいいですね。
ソラとレミのシーンは難しいなぁと思いました。
演出さんがしっかりどう解釈して、どう表現するのか、
決めて役者さんと作り上げられていたらいいなぁと思いました。


こういうところを丁寧につなげていくと、きっとお客さんの
理解とか、伝わり方も深くなっていくんだろうなぁと
思いました。

台本に沿ってそのまま進めていければ、ひとつのストーリーの
輪みたいなものは出来上がって、見たような舞台になるん
だろうなと思いました。今のままでも、ぼんやりとストーリーの
輪はつながっているし、よくこれだけ繋げられたなぁと
凄いなぁって思っています。

このままだとやっぱりわかりにくいところもあって、
台本の足りなさみたいなものが見えてしまうので、繋がるところを
カチッとつなげて、ぼんやりとした、何となく輪になった
というところから、コンパクトだけれど綺麗な輪みたいな
ところにもっていけたらまた違った見え方になったかも
しれません。


ここから、全体の緩急を考えます。
後半、もっとそれぞれの心の内が外にでて、
感情をだしたい、という感じなら、前半は今のゆったりした
雰囲気を保ちつつ、間とテンポを作って、
ゆっくりと流れる日常パートを描くのも良さそうです。
逆に今の感じでしんみりとペアのパートにするなら、
前半はワイワイやる楽しい日常パートにしたら、
ギャップが生まれて、見ている方の感情も揺さぶられると
思います。

何かの要因、新しいキャラクターが出るときは
雰囲気を変えるチャンスです。それをきっかけに
どう変化し、どう見せたいか。

全体の変化も考えながらシーンを作っていくと、
緩急がついていくんだろうなと思います。
色々書いたけれど、演出さんには演出さんの思いややりたい
ということがあると思うので、やりきったあの本番の舞台が
一番いいものだって思います。演出さんが一所懸命作品に
向かい合って、これ以上はできないっていうくらい考えたり
役者さんとつくっていったんだなぁっていうのはとても
とても伝わってきました。本当に良かったです。

今以上に輪郭のはっきりしたものを作る、ということならば、
一歩踏み込んで読み込んだり、考えたり、想像を膨らませたり
という作業をこれからしていったらよいのかなと思いました。



■距離感の演出

役と役の関係性をわかりやすく表現する、というひとつに、
距離感があります。

親密ならば隣り合って座るだろうし、
お互いによく思っていなければ、離れて座るかもしれません。
今回の作品のように静かなシーンや、大きく動くアクションが
無いお芝居は、単調になりがちです。

そういう時に、派手ではないですが、動きを少しつけるだけで、
変化にすることができます。
今の演出でもお客さんは集中して役者さんを一所懸命
見てくれています。より見てもらえるように、そして
キャラクターにより共感、想像してもらえるように
距離感をつくるのはいい方法かなと思います。


ソラとレミ
何となく、レミ(鳥)がソラの周りを付いたり離れたり
しているイメージ。話をするときも、何となくレミが
近寄ったり離れたり、という感じにする会話があっても
よかったかも。あとは、周りをぐるっと回りながら
会話をしたり。無意識にでも鳥っぽさが出るかも
しれません。鳥にとって樹ってどんな存在なんでしょう。
安心?癒し?ソラに対しての台詞だけれど、樹に語り
かけるようにとか、独り言の相手を樹にするとか、
そういうのでも面白かったかもしれません。
最初はソラが距離をとっているけれど、最後はソラが
レミに距離をつめる。そんな感じは伝わってきました。


マルコ先生とバツ
この二人の最後のシーン。めっちゃいいよね。
見ていて物凄く心がしめつけられました。切ない。
このシーン好きです。

そんなシーンにちょっと変化をつけるとしたら、
「座りましょうか」の位置関係。
最初に本当に隣り合って座ってしまったので、
それ以上どうすることもできなかったですね(笑)
最初は距離がある、けれど、話をしているうちに
お互いがお互いのことを気にしていたというのが
わかってきます。だから、マルコ先生は樹の前、
バツは下手の白箱に座っておきます。
マルコ先生は自分のことはよくわかっていて、
先に話を始めるので、気持ちは自分の中でしか
変わりません。

マルコ先生の話を聴いて、自分のことも話そう、と
思うのがバツです。だから、バツが距離を縮めていきます。
心の揺れ動きで、立ったり座ったり。
マルコ先生は、体の向きや手の位置などで表現が
しやすくなると思います。

そして、最後に隣に座るのです。
台詞が思い出せないので、どの台詞、とは言えないですが...。

最初に距離があった→距離が縮まる→それぞれ旅立つ

という過程をわかりやすく距離感を使って演出するのが
役者さんもやりやすいのかなぁと思いました。
(もしかしたら役者さんが動かなくてもよいように
 センターに座らせた、という可能性もあるかもですが)

そう、この白い箱。私は動かして使うんだと思ってました。
そのシーンとかによって、近づけたり離したり。
イスやテーブルとして色々な用途に使っているのだから、
効果的に使えたらなぁと思いました。
(もしかしたら動かしたかったけど役者さんの負担を
 減らした、のかもしれないですが。その場合は、次は
そういうのもできるようになったらいいですね!)


ナイとスイ
お父さんと娘ということがナイにはわかった後の
お芝居が面白かったです。表情いいよね〜(笑)
今の表現でも十分伝わるので、さらにやるとしたら、
気が付いて嬉しくて嬉しくてをめちゃくちゃ抑えてる
けれど出てしまう、みたいなくらいまでやったら、
振れ幅が大きくて面白かったと思います。

出すのは今くらいでも、内側にもっともっと感情を
大きく持ってためているだけでも、伝わるものって
ずいぶん違うと思います。もっと気持ちを大きく作って、
それでも静かにお芝居や表現につなげるっていうのは
難しいけれど、大人の芝居には必要な技術でもあるので、
挑戦していってみたらいいなと思いました。

その心の動きをスイに寄ったり離れたりとか、
今の感じにプラスして、ちょっとコミカルというか、
お茶目さがみられるお父さんであったら、
もっともっとお客さんから共感されて、
梅干しの中にレシピがあるかも、のシーンはもう
涙なしでは見られないようにつくることもできたかも
しれないですね。

スイも、ちょっとお父さんに似ている面白い人、
という風な捉え方をしていてそのひょうひょうと
した感じが良かったです。

最後のもらったビンの「空っぽ」という台詞も、
お父さんだとわかった上での台詞と、そうでない
台詞で、めちゃくちゃ変わるので、やってみなかった
方で考えてみると新たな発見があるかもしれません。
お父さんだと分かって言うと、めちゃくちゃ悲しい!!
号泣!!(笑)台本を読んでいないので成立させ
られるかはわからないですが、あれはいいセリフですね。


ニッチモとサッチモ
動きと距離感をとても練習したんだろうなと思いました!
デフォルメしないコミカルさは難しいのに、よくあれだけ
できたなぁと思いました。すごい。

物事を考えたけどオーバーヒートして止まってしまうシーン。
止まる前の動きがちょっとやりにくそうに見えたので、
動きを決めてしまって、からくり人形がとまるみたいに、
同じ動きかシンメトリーで決め打ちした方が、思い切って
演じ切れてやりやすかったかも、と思いました。



■マイムで小道具を演じるということ

マイムでの表現をしていて、これはすごいなぁと思いました。
現実に存在しないものがマイムで表現されているのかな、
と思ったのですが、最後に猫が出てきて、
「あ、これか」と思いました(笑)猫をどうするかは迷うよね。
猫は、ハンカチとかタオルとかにくるまっているという
演出にして回避することもできるかもしれないですね(笑)

マイムが雑だとお客さんの想像補完する負担が大きくなるので、
やるときは最初のディテールをしっかりすること。

大きさ、角、重み、厚み、温度など。最初に実際のものをもって
やってみて、わかってきたらなしでやってみる、というのも
有効な方法だと思います。本当に訓練すれば、なくても
実際にあるように、重みや温度は感じられるし、
物の形が存在して、触ると押し返される感覚になったりします。

マイムでなくても、全部透明なものや、全部白いもの(模様とか
なくて形だけ)でも面白かったかもしれないですね。



■それぞれの役者さんについて

覚えている範囲で書きます!!
1回しか観てないから記憶があいまいな所があります!!

ナイ
お父さん!!ナチュラルなお芝居がすごくいい。
最近のふだいさんにはこういう抜きができる役者さんが
増えてきた気がします。世代かなぁ〜(笑)
卵のシーンは若干はにかんでいるのがなんかかわいかったです。
梅干しの壺の〜台詞の辺りはとてもよく感じが出ていて
良かったです。あのシーンは見ていて気持ち良かったです。

ニッチモ&サッチモ
感情があるけど平板でお芝居するのは難しいよね!!
デフォルメのお芝居はできる人が多いけど、
あのふたりのお芝居を今できるっていうのは凄いと
思います。お互いを意識しながらお芝居をしたり
作ったりしていたのが伝わってきて、丁寧に、
一所懸命に役と向き合っていると思いました。
動きのコミカルさもよくて、ナイの贈り物の人形って
いうのがわかった時に、とても説得力がありました。

スイ
発声と発音がめちゃくちゃクリアで、小さい声でも
お客さんに伝わるというのは武器になると思います。
クリアだとそういうメリットがある反面、感情が
声や音に乗りにくいので、感情が沢山出るときに、
この綺麗さを破って表現できたらさらに◎
気持ちが先行してしまうと噛んでしまうような感じが
したので、気持ちが先行しても感情をコントロール
できるようになるか、耐えられる活舌を身につけるか。

バツ
去年観た時よりとても上達していた!頑張っているのが
見えて、とても好感でした。発声も台詞回しも堂々と
していて、1年という時間を感じました。
マルコ先生とのシーンがとても好き。よかった。
感情でしゃべっているようでも、想像以上に表に出て
伝わっていないのが普通なので、もっともっと
感情いっぱいで表現へつなげてみる。
気持ちがもっと動くように、心を動かす、言葉に気持ちが乗る、
そんなお芝居ができたら〇。今のだと棒読みに聞こえるところも。

マルコ先生
姿勢、立ち方、とても気を付けている感じがして好感。
演出さんに結構言われたかな?それが神経質な雰囲気を
少しプラスした感じがあって、この人が演じる先生って
いう感じがしました。次はこれがナチュラルにできたら〇
マルコ先生も、感情をいっぱいで表現へつなげてみる。
声質が固めなので、感情が沢山ないと、棒読みに聞こえて
しまうかもしれないですね。

ソラ
姿勢の悪い感じが役にあってた気がしました。
手を伸ばすシーンとかは逆にきれいに手を伸ばして、
背を生かして空を感じるようなお芝居ができてたらさらに〇。
今でも感じるけれど、もっともっと身体を意識して
使いこなせると◎

レミ
レミの役者さん上手いよね?
卒業してもお芝居続けてほしいです(祈)
自分でイメージしたものをイメージ通りに演るっていうのは
できる役者さんだと思う。もう一歩上手くなるとしたら、
相手の台詞を聴いて、それに反応してお芝居をすること。
ひとりだけじゃなくて、相手と一緒にお芝居をつくる。
青色の名前を列挙するシーンがとても印象的だった。

テンコ
どういう可愛らしさを出したいかっていうのは
良く伝わってきて〇。魅せ方とか、どんなふうに見えてほしいか
っていう意識が高くて、それがすごくいいなと思いました。
それができる役者さんって少ないのでそういうのは
大事にしてほしいと思いました。
たそがれさんとの生まれ変わる云々のシーンの表情が
良くて、目がぱちくりするところの表現が特に印象に
残っています。

たそがれ
たそがれさんもうまいよね?これをこの年代でスッとできて
しまうなんて、センスあるなぁと思いました。
他にも色々柔軟にできそうで楽しみ。
たそがれさんがテンコに生まれ変わりを話すシーン。
たそがれさんがどういう経緯でこの仕事をしているか、
それによってテンコに話す心情がかわるかもしれない。
一歩踏み込んでそこを考えながら作りこむ、っていう
ところに進んでもいいかなと思いました。



■その他雑感
・まばたきの庭だけに「まばたき」がめっちゃ
多くて気になった。
 サッチモ、バツ、マルコ先生、スイは多かった。
・スイの最初の動き、演出丁寧で◎ あそこで、あ、これは
 やるなって思った。こういうところをこだわれる
 っていうのはセンスある。
 スイも丁寧に演じていて、演出さんのやりたいことをできてたと
 思った。よくを言えば、後半の同じセリフの繰り返しの表現を
 もうちょっと変化させてもよかったかも。
・後半のペアのシーンは動きが欲しい。物語が動き始めるのに、
 人物の動きがどんどん減っていく。
・体感時間がものすごく長かった。
・ペアのあたりでお客さんはペアに気付き始める。
 あのキャラとあのキャラがペアになって、
 だから、あとちょっとで終わる、と思いながらみる。
 そう思わせない、感じさせない演出は。
・鳥がはっきりと「鳥だ」と一般のお客様にはわからないかも、
 確信を持てないかも。終演後他の方から
 「あれはやっぱり鳥でいいんですね?」って聴かれた。
・衣装がすごくいい。こだわりを感じる。
・最初の暗転が長い。音楽でカバーしてもよかったかも。
 クラシックとかピアノは音圧が低めのことが多いので、
 気持ち大きめでもいいかも。
・樹に向かって舞台奥からさすバックサス的な照明がとても
 かっこよかった。
・箒星の緑の照明がかっこよかった。
・客席に誘導するときは、「あちらのお席に」
 「前から2列目のお席に」と声だけでなく、
 実際にお客様をその席まで先導して連れていくこと。
 お願いすれば聞いてくれる。
 「おふたり並んで座るなら、こちらのお席はいかがですか」
 など、何となくメリットになるような言い方をするとベスト。
・なぜか受付で名乗るといつもガタガタッ!
 いつもありがとうございますッ!
 みたいなテンションで対応される(笑)ブラックリストに
 載っていないことを祈ってます。
・この座組が大好きっていう雰囲気が舞台上からも感じられて
 とてもよかった。


以上、考察とか考えるのが好きな演劇ババアの感想でした。

私は1回しか観ていないので、自分で納得できるところだけ
拾ってもらえたらと思います。何十回も何百回もこの台本を
読んでいる人の方がこの作品をよくわかっているし、
純粋に楽しみたいと思って見に来てくれたお客様が全てです。
またふだいさんの公演を見るのを楽しみにしています。

4年生のみなさんは本当にお疲れさまでした。
新入生沢山入ってくれるといいね!


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