芝居を手にした黄兎の日々

芝居を再び手にした私が繰り広げる、やや外れた日々。
でも、きっと面白い日々に違いない。
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公演を終えて

公演を終えて、大分経ちました。
すぐに次の公演が決まっていて、秋公演の時期から
動いていた者としてはあまり終わった、という感じは
しないのですが、私にとってはこのくらいのペースの
方がきっといいんだろうなと思います。

一応区切りをつけておかないと、というのは思って
いるので何か思ったこと、考えたことを書いておこうと
思います。

「煙が目にしみる」を純粋に楽しまれた方はご自身の
判断で読まれることをおすすめいたします。
決して面白い内容だけでは無いと思いますので。


もしよければ「続きを読む」からどうぞ。



■今までと違う役を演じるということ

今回の演出、キャスティングコンセプトとしては、
定番を避けたい、とのことでした。

フロンティアは割とキャラクターがはっきりしていて、
この人にこれを任せれば間違いないという役者さんが多
いです。よく言えばそうですが、逆に言うとそれしか
できないという役作りをされる役者さんばかり、
ということでもあります。

個人的には決してやれないことは無いと思うし、
そうやって固定のキャラクターを当てることでその人の
可能性を狭めている、という事でもあると思います。
アマチュアなのですから、そこまで求めても良いのかは
悩むところですが、役者さん自身が違う役をやってみたい、
と思う限りは諦めないということも大事かなと思います。

また、配役にはおいしい役、というのがどうしても出てきて
しまって、(例えば面白い台詞があったり、印象に残る
シーンや役割だったり、お客さん受けが良かったり)
それが同じ役者に偏ってしまうというのはいささか不公平だな、
という気持ちもありました。
もちろん、そういうキャラにキャスティングされても、
それを面白く、おいしくできるかは役者さんの力量にも
かかってくるので、一概においしい役があたっても
おいしくならないという場合もあるわけですが。

そんな中で、この「煙が目にしみる」という作品は、
どの役にも印象に残せるシーンがあって、
どの役でも楽しめる作品だと思っています。

けれども、過去2回上演して思ったのは、
それでも役によってはお客さんへの見え方が違う、
ということでした。
だから、今回幸恵役をやるときにまず思ったのが、幸恵、
そして北見家の物語を野々村家と同じくらいの大きさ、
気持ちに持って行きたい、ということでした。

どうしても野々村家の物語の展開を考えると、北見家の
物語というのは前座という印象が拭えません。野々村家の
物語への布石であり、きっかけという構成に見えてしまいます。
そういった印象を無くしたい。野々村家の家族がよかった、
同じくらい幸恵とあずさのシーンもよかった、そうなりたい。
それを思いながら今回は幸恵役に挑戦させてもらいました。



■楽しいが見つかる劇団になりたい

これは公演の打ち上げでも言った話です。
面白いことも、楽しいことも多様化してきて、
色んな種類の演劇の「楽しい」、があるような気がします。
劇団には色々な人がいます。役者としての力量も違えば、
劇団に来ている目的も違うと思います。それを許せる場所で
あってほしいなと最近は思うようになってきました。
それは多分私が演劇を出来る場所が増えて、その場所ごとに
自分のやりたいことが違うベクトルでできるようになって
きたからかもしれません。

「いいものを作ろう」という大きな目的はきっとみんな
共通していると思います。お客さんに楽しんで欲しいとか、
劇団として、集団としてぶれてほしくないなっていうところは
同じであってほしいとは思います。でも、目的が違えば、
「楽しい」と感じるところも違ってきて当たり前だろうなと
いう思いはあります。

出来ないけど挑戦するのが楽しい、
出来ないことが出来るようになって楽しい、
褒めて貰って楽しい、
山積みの事務作業をやりきって楽しい、
稽古以外で集まるのが楽しい、
劇団のメンバーでスイーツを食べに行くのが楽しい、
稽古前や後におしゃべりをするのが楽しい。

お客様全員を満足させることが出来ないように、
ひとつの公演で関わっている劇団員みんなを満足させることは
できないだろうなって思います。それでも、舞台を作る中で、
ひとつだけでも楽しいことや嬉しいことはあるかもしれないし、
それだけでこの公演に参加してよかった、って思えるかも
しれません。

自分にとって、フロンティアの何が「楽しい」なのか。
それが見つかる劇団になって欲しいし、それがあるから
ここにいたい、そんな劇団になったらいいなと今は思っています。



■見えない所をカバーしてもらうということ

今回は本当に劇団員の役者さんに助けられました。
同じ目線で、同じ力で演劇を作りあっていく、ということが
私にはもう出来ないんだな、というのも感じました。

だからこそ、同じくらいの力量でお互いに考えて芝居を試行錯誤
して作っていく人が劇団内にいるというのは大事なんだなと
思いました。そして、それをやろう、と言ってくれるメンバーが
いるっていうのは本当にいいことだなと思いました。

そういう風景を見ていて、あぁ、もう私はここには必要でないかも
しれないというのは凄く思ったし、それは決してネガティブなこと
ではなくて、私が何かしなくても団員同士でそうやれる関係が生まれて
いるということに気が付いたという、嬉しいことでした。

だから、私はネガティブにそう思わなくてよくなったし、
私は私でこの劇団の中でもやりたいことができる時間が生まれるん
だっていうことを感じたのだと思います。それは私にはもうできない
ことで、そして私はやらなくてもいいことなんだなって思いました。
かわりに、考えてきたけれどじゃあどうすればいいか、という時に、
具体的な気持ちの作り方であったりとか、その方法を言語で
伝えられるかが必要になってくるんだなって思いました。

でも、それはやっぱり難しくて、私の言葉では伝えられなかったり、
そういった経験が相手の中に無かったりして伝わらなかったり。
そんな瞬間にぶち当たると本当に自分は何もできないなって思います。
それでも私に話をしてくれたり、聞いてくれた団員には本当に
感謝しかありません。他の人の言葉で上達していく役者さんを見ると、
あぁ、やっぱり私には無理だし、向いていないし、自分はきっと
こういうことはこれからもできないんだなって思います。
そういった役者の先輩たちがいてくれる心強さと、それを目の当たり
にして受け入れたり認めたりしなければいけない現実と。



■どこからどこまでを任せるのか

スタッフの側面も、結局最後まできちんとできなかったなと
思っています。他の作業があったとか、そういうのは言い訳には
しません。役者として稽古をする時間も足りなかったし、
それがもっと早く仕上がっていれば、スタッフとして当日も
余裕があったんじゃないかって思います。

だから、役者の部分の優先度を下げても、今回は「楽しい公演」
にするということを思えば、スタッフとして当日運営も半分は
自分でちゃんとやって、指示も出すべきだったなと思っています。

これは私がちゃんと人を見られていなかった、というところに
尽きると思うし、以前から言われていた「教えてあげて」という点を
読み間違えてしまったせいだと思っています。
実務が決してできないわけではなくて、その実務を自信を持って、
余裕を持ってできるように仕事を準備しておくだとか、力に合った
分量だけをちゃんとよんで切り分けておかなければならなかった。

それが例え、その人の自信だとか、自分がやらなきゃいけないと
いう思いを無下にすることだったとしても、それは私が責任を
持って受けることだったんだろうなと今は思います。


いつも私は、仕事だったらちゃんと仕事として教えるけど、
趣味なのだから、出来る範囲でいいし、出来るときに出来るだけの
事をやればいい、って思っています。失敗してもいいと思うし、
むしろ失敗をしないでできることなんて、そんなに多くないと思います。

お客さんに嫌な思いをさせてしまったこともあるし、きっと私の言動や
行動のせいでフロンティアを観に来なくなったお客様だっているはずです。
それがあるから今の視点や視野があるし、それは出来る人がやれば
いいと思っています。趣味だから。

それができるようになりたい、というのだったら話は違うと思いますが、
そうまでしてもやりたい、と言うことがどれだけ難しいことかも
わかっているつもりです。だから、仕事ができるうんぬんよりも、
その姿勢や気持ちをなにはなくても褒めたり、認めたりする方が
大事なんじゃないかって思います。そういった部分が今回はできて
いなかったように思います。そこまで背負わなくてもいい、って
言ってくれるメンバーもいるけれど、なかなかそうはいかないんじゃ
ないかって思っています。だって趣味ですから、やっぱり
褒められたいだろうし、声を掛けた方が嬉しいだろうし、
金銭のやり取りが無い分、頑張ったということを何か別の事で
伝えたり評価しなければ続けられないんじゃないかって思うからです。



■上手くいくときは大抵コミュニケーションがあるときだ

フロンティアは30代〜60代までの劇団員が中心です。
世代がいくつかあって、前回の春公演の時にも感じたけれど、
生きてきた時代背景からか、感じ方も考え方も趣向もギャップが
あるというのが前提です。同じ劇団と言えども、やはり話しかけ
にくいとか、コミュニケーションをとりにくいとか、そういった
ことはあると思っています。今回、本番が近くなってから、
あるいは本番期間中になってから、共演者や他のキャストとの
コミュニケーションの時間がようやく増えてきたように感じます。
芝居をまずしやすくするために、まず役者同士が仲良くなる
というのは、アマチュアにとっては大事なことだと思っています。

そういう中から、楽しいが見つかる事ってきっと多いんだろうな
って思います。劇団員が新しく入ってきやすい雰囲気って、
演劇に興味があまりない人ってそういうところからだと思います。

これなら私も出来そうだって思って入ってきてくれるのは、
いいとは思うけれどなんか悔しい。楽しいを目指す集団ならば
それでも良いと思うんですよね。だから、そうなっていくのだったら、
そこは得られないかもしれない、ということは思っておかなきゃ
いけないんだと思っています。

それでも、今のメンバーは、このままじゃ舞台にあがれない、
お客さんに見せられない、そう思って稽古をしてくれるし、
そのために自主練習もするし、本当にこのメンバーはかけがえが
ないんだなって思います。そういう感覚を持っていてくれることが嬉しい。

だから、ずっとこのままでも、人が少なくなってしまっても、
私だけになっても、こういう人たちが来てくれる集団で居続けて
くれるのなら、それもいいかな、って思います。

多分私が思っているより、みんなも演劇楽しいんだろうなぁって
思います。その楽しいが、きっと私が思っている以上に繊細な
楽しいの取り方なのかもしれません。



■前を向くということについて

演出の話です。今回、結構ベタな演出、わかりやすい演出を
したんだろうなぁって思います。たまに聞いたのが、前をむいて、
という演出について。未だにそんなことをいう演出があるんだ、
って思うひともいるかもしれません。

結構最初の方から、私は、今回は演出さんが言ったことを、
言葉通りに受け取ってはだめな場合がある、というのを言っていました。
声を大きく、テンポをはやく、それを鵜呑みにするのではなく、
その言葉が出てきた背景を考えなくてはならない。

なぜ声が大きくなるのか、なぜテンポが早くなるのか。
それは、感情が大きくなったからかもしれないし、
怒っているからかもしれない、
誰かに何かを遠まわしに伝えたいのかもしれない、
感情が変化したからかもしれない。

だから、前をむいては、前を向くことではあるんだけど、
それは前の方を意識して、という事でもあるんだと思います。
私もそこは言われた箇所はあったけど、結局自分の感情の範囲でしか
対応しなかったし、それでも良かったんじゃないかと思います。


演出さんも万能ではないし、むしろ私たちと一緒に演出も
上手くなっていけばいいと思っています。そして、役者さんたちも
考えることをやめてはいけないんだと思います。「前を向いて」
と言われて、それ以上考えた役者さんはどれだけいたでしょうか。
前を向いてそれだけで終わってしまってはいなかったでしょうか。

個人的には、前を向いてと言われるのは、客席への意識が薄いから
だったんじゃないかと思います。作品全編を通して、後ろを向いて
しゃべっていた役者さんだっていたと思います。言われたか
言われていないかの差は、客席を意識して、そこまで意識を飛ばして
いたかどうか、にあるのではないかと思っています。

それを「前を向いて」と言わせてしまったと考えるならば、
それは役者の責任です。意識を飛ばす、ということが出来ていない
役者が、もっと意識を持っていれば、意識を飛ばせる力量があれば、
そうならなかったかもしれません。「前を向いて」という言葉しか
用いることが出来なかったのは演出さんの言葉足らずだったとも
思いますが、そういう部分も含めて上手くなっていけばいいと
思うのです。



■たった一言でも

本番の何日か前に、演出さんから役者へ、それぞれの役と
お芝居についてメッセージを貰いました。稽古の時間を使って、
それを伝えてくれた回がありました。

もっと、本当は稽古を始める最初にやったらいいなと思うこと
だったけれど、結果、私はその中にある一言で、自分の役の何か
足りないかも、と思った部分を埋めることが出来ました。

「あともうひとつ、何かはわからないけれどもう一歩。」

そんな一言でした。

考えることをやめてしまえば取るに足りない言葉として
終わっていくような部分です。それでも、私も何かもう一歩、
と思っていたので、演出さんが欲しいと思うものを考えたりして、
最後の一押しを作ることが出来ました。上手くできたかどうか
わからないけれど、演出さん的にはOKだったようなので、
とりあえずほっとしたのを覚えています。

個人的には、演出ってお客さんの気持ちをコントロールすること
かなって思っています。このシーンを、この台詞を、この表情を
見たお客さんがどんな気持ちになるか、というのをコントロールする。

役者は役の筋やキャラクターを通してそのシーンや台詞や感情を
構築する。そのために、どんな言葉を選ぶか、使うか、
演出さんが考えて役者さんに伝える。どんな言葉を使うかによって、
役者が最短でたどり着けるか、迷走するか、そんな違いが
出てくると思います。だから難しいなって思います。

そのために、さっきも書いたけれどコミュニケーションって、
どんな些細な事でも必要だなって思います。直接が一番いいだろう
けど、それがかなわない時は、文章でも、LINEでもメールでも
何でも使えばいいと思います。そういったツールが今は充実
していると思います。それだけに頼ると齟齬が生まれてしまうかも
しれないけれど、直接言えないことがあるなら、それ以外の方法を
とってもいいんじゃないかなって思います。演出さんが時間が無い
中で文章で伝えてくれたのは凄く良かったと思うし、みんなも嬉し
かったんじゃないかなって思います。


というわけで、思ったよりも長くなってしまいましたが、
今回の公演で思ったことです。

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