芝居を手にした黄兎の日々

芝居を再び手にした私が繰り広げる、やや外れた日々。
でも、きっと面白い日々に違いない。
<< May 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 【舞台】 「Dotch?!」 | main | 公演を終えて >>

空白が1ヶ月もあったとか

久しぶりにブログに、「一定期間投稿が無い人の広告」
を見ました(笑)1ヶ月以上もブログを更新していないなんて、
いつぶりくらいでしょうか。いや、びっくり。(笑)

その間まったくブログを書いていなかったわけではなくて、
えみてんのブログとかフロンティアのブログを書いていたので、
自分の中ではブログを書いていなかったわけではないのですよね。
どうしても告知とかお客さんを、と思うとこのブログは後まわしに
なってしまいます。

多分書きたいこともその時々であって、書きたいな、とは
思っているんだけど、メモ程度にTwitterに流して、それで
なんとかやり過ごしていたんじゃないかなって思います。
沢山ブログは書いていたんだけれど、なんだか書ききっていない
というか、空虚な感じがしていたのはこのブログを書いて
いなかったからかもしれません。

どのブログも、私が書く時のコンセプトとしては、
「思ったこと以外は書かない」ということは一貫している
つもりです。それでも、読み手の事を念頭に置いて書く
ブログ達と、ただただ私が思ったことを特に整理もせず、
読みやすくもせず書いているブログでは気の遣い方も違うし、
記事の心理の深さも違います。
それが物足りなさや空虚さにつながっていたのかもしれません。

だからといって、ブログを書くのが嫌なわけでも、嫌いなわけでも
なくて、それぞれのブログの特徴や読み手を意識しながら書く
というはそれはそれで面白いと思いながら書いています。
あとは、やぱりブログって向き不向きがあるよね(笑)

演劇って基本的にアウトプットだと思っていて、
もうかれこれ今年はずっとアウトプットをしてきています。
こんなにインプットしない年はないんじゃないかなって
いうくらい。時間が無いというのも要因ではあるのだろうけど、
これだけアウトプットしても尽きないというのは、
それだけの感情なり想いなりというのが今まで蓄積されていたとか、
瞬間瞬間で尽きることなく湧きあがっていたとか。
そう考えると今年は凄い年になったんだなって思います。

アウトプットが尽きないというのはそれはそれで凄いと
思うのだけれど、最近は何だか止まる、ということが
結構恐ろしくなってきています。
止まった瞬間に、もう二度と動き出せなくなんじゃないかとか、
考えてしまったら何もかも全部やめてしまうんじゃないかって
想いがあったり。

結局、私は自分がやりたいことってそんなにないんじゃないか
って思っています。自分一人になってもちゃんと変わらず
このような生活が出来るのか、というと、結局は演劇なんか
要らなくても、無くても生きていけてしまうんじゃないかって
思います。だから、立ち止まって考えたときにそれを知ってしまったら
(今は憶測だから知ってないだけで)もう今の生活には
戻れなくなるかもしれない。
そう思うとどうしても立ち止まることが怖くて、ずっとずっと
走り続けなければと思ってしまうわけです。

その走り続けることも、本当にいいことなんだろうかって
最近はふとした瞬間に感じたりするのですよね。
Twitterとかで見た、私が面白いなと思っている人なのですが、
一応病気らしいのですが、tweetは面白いし、そのつながりで
お仕事もしているしで、かなりアグレッシブな人なのですね。
その人が上司から言われたことだったと思うのですが、

「◯◯さんは病気だけどそれ(仕事とか)を頑張って
 することができるし、それを楽しいとか思えるけど、
 周りはどうかな。」

みたいな感じのやりとりのtweetだったと思います。
(いいねしてなかったからどのツイートかわからなく
 なってしまった...。)
こう言われて黙ってしまったらしいんだけど、
私もこのやりとりを見てあぁ、これが他人事じゃないって
ことだなって思ったのですよね。

なんか、一緒に何かつくったことがある人から言われたことが
あるんだけど、私と一緒に何かモノづくりをする人って
大変だし辛いかも、みたいなことですよね。
私が多分他の、周りよりも頑張れてしまっって、
うーん、頑張れてしまうというのは語弊があるかもですが、
一緒懸命に全力で物事に取り組めてしまえる、ということ
だと思います。

だから、私がやればやるほど、それはその人自身の問題
なんだと思うけれど、私と自身を比べてしまって自分はダメだ、
みたいになったり、自分が何も出来ない人だみたいに
自分自身を責めてしまう原因になるうるってことが起きるだろう、
っていうことだと思うんですよね。
そしてそういう人はきっとその人に向かって文句を言うことも、
自分自身を折り合いをつけることも上手くできない。
私が知らないうちに、誰かがそう考えてしまうような行動を
してしまうってことです。
きっと話し合ったり、話を聞いたりすることでこういうことって
緩和できるんだと思います。でも、そういう相手だから、
話を聞くまでに至らなかったり、聞いたとしてもそういう部分を
引き出すことが出来なかったり。そして何もわからないまま人が
どんどん離れていくっていうことなんだと思います。

だから、私は何かモノづくりをしようと思った時に、それに
決して人を巻き込まないようにしようって思っていました。
今こうなっているのは私の考えが甘かったとか、なんでそう
思っていたのにこうしてしまったんだっていう思いもないと
言えば嘘かもしれません。

私のスタンスも、もう知ってしまったから、多分一所懸命
以外で走ることってもうできないんです、きっと。
全力で走らないと面白くなくなってしまったし、それは一度
全力で走って見えた世界がとても素敵な世界で、自分が嬉しい
ことが沢山詰まった世界だったからなんですよね。

その場所が、そのことがつまらないって、それはもう自分の
責任じゃないですか。人のせいにとかはいくらでもできるけど、
面白いを決めているのは結局自分だし、途中経過が紆余曲折
あったとしても、それを全部ひっくるめて面白かったって
言えるのは、それはその人が自分が納得できるほどやったから
以外の他でもないと思うのですよね。

1つの公演がの中で、思わないことがないってことは無いです。
それでもブログも書かずにここまで来てしまったのは、
私が思ったことを何となくうやむやにして、言いたかったし
考えたかったけど見なかったことにしたとか、考えることを
辞めてしまったからなのかもしれません。

上手くいかないことの方が本当に多かったし、今でももっと
上手くできなかったのかなって思うこともふっと思うと
思い出してしまったりするし、話を聞いてもらって色々言って
くれたメンバーもいるし、それってやっぱり最初から最後まで
私の近くにいてくれた人なんだなって思うと有り難いって
凄く思います。他の人にしか処理できない気持ちとか悪かった
とかできなかったとか、そういうことを全部引き受けて自分の
せいにしないでとも言われたけど、それでもやっぱり
その人が自分からいったり、私に聞いたりできなかったのは
やっぱり私のせいだなって思います。でもそうしないとやっぱり
その人のことを悪く思ったり嫌いになったりしてしまうんじゃ
ないかっていう心配なんだと思います。


そんなこととかもっと他にも色々思ったり考えたりしたことも
あるし、タンブラーにたまっている気になる言葉たちも
沢山あるし、です。
結局なんだかんだいってもこれからも変わらないことは変わら
ないし、もう進むしかないんだけれど。
時間をとって考えることすらも最近は出来ていなかったけど、
何となく上っ面くらいはまとまったかなって思います(笑)

まだ「煙が目にしみる」の感想記事も書きかけでまとまって
いないのですが、そのうちアップされてると思うので、
よかったら読んでみてください。
日々、日常 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

スポンサーサイト

- | permalink | - | - | pookmark |

この記事に対するコメント

コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック機能は終了しました。
この記事に対するトラックバック


よく読まれてます☆ どうでもいいことから壮大なことまで答えてます。











 携帯からも!
qrcode
経済指標