芝居を手にした黄兎の日々

芝居を再び手にした私が繰り広げる、やや外れた日々。
でも、きっと面白い日々に違いない。
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モノクロな稽古までの道のり、に

モノクロさんとの稽古当日。
もうそわそわしてたよね、わたしもてらしーも(笑)
ここまでの数ヶ月、2人でしか芝居をしていなかった
ので、他の人と芝居をするっていうのが楽しみだった
んだと思います。

稽古場についてちょっとアップしたりとか、いつもの
感じで話をしていて、メンバーさんが揃って。

私たちも稽古をしてきたけど、モノクロでも昨日稽古を
してきたっていうのを聴いて、わぁ・・・これは本物
だなぁって思いました。そこまでしてくれるとは思って
いなかったから、ただただ感激です。


ひたすらガラが悪いのとえみ


もんかわさんは、凄く丁寧。
言葉を大事にしようってテキストを読んで来てくれて
いました。演出の茜さんとしては、「もんかわには
もんかわの桐子があるのだから、のとえみさんの桐子に
ひっぱられないで、自分のよさで演じた方がいい」と
いう風に言ってくれていて。
もんかわさんは真面目だし、自分がいいとか、好きとか
これだ、って思ったことに対して凄くまっすぐなんだ
ろうなぁって思いました。

最初は言葉の端々に、私を思わせる様な瞬間もあったけど、
最後にまとめとして演じてもらった時は、きちんとそこに
「もんかわさんの桐子」が居たと思います。
ここから自分のものにしていくためには、もんかわさん
なりのキャラクターを維持しながら、的確に台本を読み取る、
っていうところかなと思いました。

外してはいけない感情とか流れっていうものって台本の
中にあると思っています。それを踏まえた上で自分に
しかできない役柄を作る。
踏まえなきゃいけないものを外さないという台本の
読み方って大事だなって思っています。
もんかわさんは頭もいいので、これが出来ればもんかわさん
らしい役柄にスッとはいっていけるんじゃないかって
思います。役者さんの個性として、可愛い方にも綺麗な
方にも振れると思うし、声やしぐさにも魅力があるので、
それを意図して使える役者さんになったら凄い役者さんに
なるんじゃないかなって思います。


零咲くんは、すっごく恥ずかしがりというか、なかなか
自分を見せてくれないずるい子だなぁと思いました(笑)
それも芝居に出ているので、まずはそこを突破する所から
始めました。

言葉の強さや声の大きさでひっぱることで、相手の
声を、気持ちを出させることはできると思います。
「反射」っていう部分ですね。
一端自分で考えてから、自分の理想通りのものを出す、
っていうことが多い中で、たまにスッと本当の気持ちで
セリフを出してくれることもあって、そういう瞬間、
それだよ!って心の中で思っていました(笑)

相手の台詞を聞いて受ける、まずはそれが台本に沿って
いて的確かどうかっていう部分は無視して、
自分が今出したい気持ちを出す。
零咲君はまずそこから始めて、自分の気持ちに嘘を
つかない芝居をしてほしいなって凄く思いました。
本当は素直な役者さんなのに、周りを気にしてそんな
風に演じてしまっているとしたらとても勿体ない。

出せる気持ちは素直だし、観ているお客さんにも
馴染みが深い(お客さんと同じ気持ちを出せる)と
思うから、共感してもらえると思います。
それができる役者さんなのだから、そこを恥ずかし
がらないできちっとやる。それだけで芝居はずっと
良くなると思うし、零咲君をいいって言ってくれる
お客さんも増えてくれると思います。

稽古から稽古が終わって、自分のことに気が付いて
くれた瞬間があったみたいなので、次、零咲君の
芝居を観るときは、きっと変わってくれていると
思います。


そして演出の茜さん。
茜さんは自分なりの視点を持って稽古を見てくれていて、
その視点の強さや意識の強さ、芯の強さを感じました。

「稽古を楽しむ」というのには複数の種類があると思います。
ただ、仲が良くて楽しい、
雰囲気が良くて、何をやっても楽しい、嬉しい、
苦しいけれどそれを越えることができて楽しい、
様々な種類の楽しいがあるはずです。

この白黒硝子というのは、どういう楽しさがある集団で、
どういう楽しさに出会える稽古場なのか。
ただ楽しいだけでは、もしかしたら稽古が深まって
いかないかもしれない。続かないかもしれない。
上達しないかもしれない。
何をする稽古場で、どこへ向かう集団なのか。

集団を一番よくあらわせるのは作品だと思います。
お客さんは作品を観に来るのですから。
だから、稽古をしながら、作品にその集団や稽古場、
役者を詰めていかないと、この人たちでやっているという
意味が薄くなってしまうかもしれない。

そして、台本を読む力は絶対的に必要だと思います。
役者以上の視点で、広い視野で。
それを茜さんはどうしたいか、ですよね。



1時間半くらいの短い時間でしたが、とても長い時間
このメンバーで過ごしていたかのような充実感がありました。
本当に一緒に稽古をしてくれてありがとうございました。

稽古が終わった後もメッセージをやりとりさせて
もらったりして、物凄く演劇やそれ以外のことも知る
機会をもらっています。こんなに演劇の話ができるなんて
幸せです。

一緒にやらせてもらって、私も反射でしか人の芝居を
出すことが出来ないんだなと、まだまだ自分の力の
足りなささを感じました。
相手を許容するという幅も少ない。まだ受ける芝居が
苦手なので、(いや、ひっぱる芝居も苦手だわ・・・)
その辺りをどのくらいまで受けられるようになるかって
いうのが課題だなって思いました。

後はやっぱり精度を上げること。
ぼんやりとした表現からは何とか前に半歩くらいは
進むことができたんじゃないかって思います。
それをもっともっと精度を上げて、伝わりやすくする。
自分でこうやりたいっていう思いを弱くしない、
ひかない、っていうのは気を付けたいなと思いました。

私に足りない所も発見できて、色んな、知らない人と
芝居をするっていうのは面白いなと思いました。
こういう機会がもっと増えたらいいのにな!


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