芝居を手にした黄兎の日々

芝居を再び手にした私が繰り広げる、やや外れた日々。
でも、きっと面白い日々に違いない。
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アンケートは誰のもの

先日劇団の新年会で、たまたま、アンケートについての
話をしてたのですよ。

「映画でも音楽界でもアンケートなんて書かないじゃん。
 演劇だけはお客さんに紙を渡して、その場で感想を
 求めるよね。それって本当になんでなのかな。」

「アンケートが無くったって出てきたお客さんの
 表情を見ればわかるし、それで十分なんじゃない?」

っていうようなことを言ってたわけです。

演劇でのアンケートって独特ですよね。
まあ、ダイレクトメールのことがあるので、
(劇団のお客さんになって欲しい)その辺りに
関しては意味があると思うんだけれどね、
っていう事をいって、なんとなく意味があるものだって
うやむやにした話ではあったのですが。

個人的に、アンケートは自分にとって要らないな、
と思うようになったら、多分その人には演劇が
必要なくなったんだろうな、って思います。
演劇におけるアンケートに求める意味って人それぞれ
だと思うのです。

自分のやったことを認めて欲しい。
確信が欲しい。
自分が正しいと思ってくれたか。
自分がやりたかったことが伝わったか。
褒めて欲しい。
愛が欲しい。

多分、感想を見て反省材料にできる人ってなかなか
いないと思うんですよ。次の公演の時には忘れちゃってる
ものね(笑)だって、自分が認めた人とか尊敬できるとか、
そういった人からの言うことしかやっぱり聞きたくない
じゃないですか(笑)不特定多数からなら、
褒めて欲しいもの。

だから直接感想を貰える演劇をやってるんだと
思うのです。演劇やってる人はよくばりね(笑)

そんな風に自分の中で欲しいものをアンケートに
投影したり意味を見出しているとしたら、
そこに自分の求めるものがなかったらそれはもう
必要ないと思いますしね。
公演に出なくても、飲みに行ったりとかで楽しければ
それはもう演劇ではなくてその仲間が欲しいんだろうと
思うわけです。

私は欲しいですよね、アンケート。
いつまでたってもやっぱりアンケートは欲しい。
自分の名前がそこに出ているだけでいいのです。
内容がよかった、だろうと、悪かった、だろうと。
まぁ、目立ってはいけない役なのに目立っていたら
反省します。そういう役柄の時は、アンケートには
期待しない。自分の名前が出ていない、ということに
逆に価値が生まれてきます。自分の中では。

自分が目立たなければいけない役なのに、
アンケートでそういったことが書かれていなかったり、
自分に触れられてなかった時はまた反省します。
おいしい役で、アンケートに名前を出して書かれる
レベル、っていう役なのに書かれないときも
反省します。

きちんと反応取れる役の時にとれない、というのは
作品の中で役割を果たせていない気がしますしね。

こう思うと、割とアンケートの中身にはそんなに
こだわりがないのだなぁということに気づかされます。
レスポンスがあるかないか、それだけなのですね、意外と。
新しい発見だ。


バカな話ばっかりじゃなくて、新年会ではこんな
真面目な演劇の話とかもしてるんですよ、意外と。
それが色んな世代混じって話せるって言うのはいいよね。
本当に楽しい。

そんでもって、最終的に、

「アンケートなんかなくったって、自然に、自主的に
 感想を送ってくるだとか、ブログとかで書いてくれるとか、
 そんなお客さんがいてくれる、っていうことが理想だよね。」

っていうところに行き着きました。
このインターネット文化がこんなにも栄えてるんだから、
そうですよね。・・・まぁ、ただフロンティアのお客様層は
そういう世代が少ないからなぁ、っていうのが課題です。
そして、そんなことをしたくなるような舞台をつくらなきゃ
いけないし、そういったことを感じてくれたり行動してくれる
ように、お客さんも成長していったり、育てたりするのが
いいよね、っていう話になりました。
後は、自分がちゃんとそういうお客さんになれるように、
っていうのと。

どうしても演劇やってると見方が役者視点とか演出視点に
なっちゃうんだけど、純粋にお客さんとして観られる
目を持っていないとダメだなっていうのは思います。
素直に、面白いとか素敵とか、見てこう考えた、こう思った
って言える感覚がないとダメだなぁ、と。
ニュートラルな目線で演劇を楽しめないとつまらないしね。

ちなみにそういう視点で観られる劇団って自分の中に
あったりするのですよね。キャラメルボックスはそういう
部分を一切考えないで、ただのキャラメル好きなお客さんで
観てますし、後は小林賢太郎演劇作品(KKP)も純粋な
お客さんです。好きな劇団とか作品とかは絶対にお客さんで
観に行きます。

逆に、研究生だとか、学びたい、って思うところは
役者目線とかを忘れないように、観終わった後、感想も
分析も言えるような見方をすることにしています。
アンケートも、こういう時は絶対にその人たちのためを
思ったりしません。自分がきちんと観て、分析して、
自分が何を面白いと思ったか、どうして面白かったか、
面白くなかったか、どうやったらもっと面白いと感じられる
ようになるか、ということを書く訓練、という風に
思っています。やっぱりね、そういうのをきちんと
観て話せる大人になりたいのですよね…。
これも全部自分のためです。

だから、昔の自分の舞台の感想を観ると、
「面白かった」「ダメだった」っていう部分は挙げられるけど、
そこからさらに「どうだったから面白いと感じたか」
「何がダメで、どうしたらよくなるか」っていうことが
考えられていない気がしています。
斬って終わり、っていう感想が多いですよね。

最近柔らかくとか毒が薄くなったって言われているのは、
口調もあるけれど、「斬る」だけで終わらなくなったから、
っていう理由もあるかもしれません。
少しは成長してると思いたい、そろそろ。

そういえば、作品に対するカルチャーショック、みたいな
話も書きたかったけど、これ以上長くなったら

「長いッッツ!!」
(前回の感想があまりに長かったため言われた。)

ってまた言われるかもしれないので、次回にします。

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