芝居を手にした黄兎の日々

芝居を再び手にした私が繰り広げる、やや外れた日々。
でも、きっと面白い日々に違いない。
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<N>養成所稽古第21回目

1ヶ月ぶりの養成所。教育実習ということもあったし、また、自分が本当に芝居をしたいのか、自分の芝居というのはどんなものだっただろう…などと迷っていたこともあって、試しに1ヶ月、芝居から離れてみることにした。その結果を少しでも感じる日でもあったと思う。

教育実習に行っていた1ヶ月間。芝居とはほとんど無縁の世界だった。そんな実習の中で、1度だけ、子どもたちを前に、本を読み聞かせるという機会をもらった。

子どもたちの反応は素直である。面白ければ笑うし、つまらなければこちらをみてくれない。選んだ話が面白いものであったため、子どもたちの反応もそれなりにあったと思う。しかし、本を読んでいる瞬間、なんで自分はこんなに拙い読み方しかできないんだろう。もっと子どもたちを喜ばせるような読み方をしたい。上手くなりたいと強く思った。それは、芝居についても同じだと思う。

暫く芝居から離れていても、子どもたちの放つ音色はどうだろう。行動は。などと、見てしまっている自分がいた。例え離れていても、やっぱり自分は芝居をやりたいのだと再確認した。

養成所に戻って、久しぶりに朗読の課題をやった。結果は、見事に「止まったまま」と講師に言われてしまった。1ヶ月の間が空いていたとはいえ、自分の成長の無さがくやしいと思った。

しかし、私はこの1ヶ月、芝居をしなくて、こんなに他の人と差ができて、技術も衰えていたということを後悔していない。それ以上に、1ヶ月離れても、やっぱり芝居を続けたい、好きだという思いを再確認できたことの方が、私にとっては大切だった。
技術は時間をかければなんとかなる。でも、気持ちは時間をかけてもどうにもならないこともある。そんな気持ちを、私は1ヶ月で見つけられたということで満足している。

これから、大学のサークルで芝居の練習が始まる。
今度は、自分の思った通りに。
今度は、自分のために。
誰かのために何かをするために、まず、自分のためにたくさんのことをしてあげたい。
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