芝居を手にした黄兎の日々

芝居を再び手にした私が繰り広げる、やや外れた日々。
でも、きっと面白い日々に違いない。
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<N>養成所稽古第20回目

久しぶりに養成所へ。前回から大分この日記も間が空いているが、大学のゼミ合宿などで行っていない日が増えているからだ。私だけでなく最近は来ない人が増えてきている。それぞれの都合があると思うのだが、最初の稽古のときの 3分の2くらいだろうか。今日が雨だったせいかもしれないが。

いつものように朗読と台本をやる。ところが、朗読を終えた時点でちょっとした事件が。考え方やクラスの感じ方などで論争が起きたのである。(といってもそれほどすごいわけでもない)

<strong>「何でもっと皆手を挙げて積極的にならないのか。なかなか手を上げない人を待つ時間で、もっと自分が勉強できる時間を減らすのは納得できない。」 </strong>

多分こんなことだと思う。
確かにこのクラスはそんなに積極的ではないと思う。私もあまり最初から手を挙げて発表する方ではないので、その人にとってはやっかいな一人かもしれないが。でも、これはその人それぞれの性格や考え方の違いだと思う。私はじっくり人のやり方をみて、自分なりのやり方を試したりする方である。多分その人はとにかく回数をこなして、講師にアドバイスをもらって上手くなりたいという感じだと思う。講師もこんな感じのことをいっていたと思う。

ただ、手を挙げることが目的にはなっていないかということも言っていた。回数が少なくても、発表するごとに何かを得ている人もいる。たくさんやっていても、上達しない人もいる。

さらに
<strong>「(養成所が無い)1週間何をしてるんですか?」</strong>
ということも言っていた。

これもそれぞれだと私は思う。どうすごす事が良いかという人の価値観かなと思う。1週間ずっと芝居の練習をしていたからって絶対上手くなるとは思えないし、それよりも重要なことがあると思う。
私は、芝居の練習もある程度は必要だと思うけれど、それ以上に、自分が過ごせる時間で経験できることの方が重要だと思う。例えば大学生の私なら、自由に過ごせる時間が多いし、教育学部だから体験できる、教育実習も芝居の勉強につながると思う。子役もできるようになりたいと思うから、小学校に行けば、子供達の生活の中での音や行動なんかもみれるのは勉強になる。自分の日々をどう芝居につなげていくか。芝居の勉強は、日常生活そのものだと私は思う。
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