芝居を手にした黄兎の日々

芝居を再び手にした私が繰り広げる、やや外れた日々。
でも、きっと面白い日々に違いない。
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(OFC)本番レポート?「舞台を終えて」

OFCの舞台が終ってから大分経ちました。
いつもなら終ったらすぐに感想や考えた事なんかを
書けるのに、今回は書けません。
1月30日の日記部分を開いてはいるものの、既に
本番が終ってから3日が経とうとしています。


この日記を書いていたら、原因はわからないけれど、
どこか触ってしまったのか、後半まで書けていたのに
全部消えてしまいました。相当ショックを受けています。
言葉を一つ一つ確かめながら、言葉を選びながら、
じっくり考えて書いていたのに、全てが消えました。
泣きながらこれを書いています。
それほどまでに、私はこの日記に自分の思った全てを
書こうとしていたし、それを書いた事によって自分が
人からどんな風に思われるかわからない。
そんな怖さと感じながら書いていました。
例え私がひどい奴だと思われてもいい、それでも
これを書かなければいけないと思いました。
それが私の感じた事であり、考えた事だから。


そういうわけで、最初に書いていたものは全て消えました。
消えたものは元には戻りません。
同じものを書こうとも思いません。
消えてしまったものより、もっと私の思った事を
リアルに書けるように書きたいと思います。
多分とてもひどいことも書くと思います。
それで私を嫌いになってしまっても仕方ないと思うし、
共感する事も不思議には思いません。
のとえみという名前を賭けて書きます。
そんなリスクを負っても、私は書かなければならないと
思うのです。
きっと「そんなに言葉を選んで書くな、もっとお前が
思ったありのままを書け」と言ったのだと思います。
そう信じて、また新しく書き始めます。


とても長くなると思います。
それだけ私も時間と自分を賭けて書きます。
心の準備をして、深呼吸をして、書き始めます。
ゆっくり読んで下さい。




今回の芝居を私は沢山の人に「観に来て」と言いました。
いろんな思惑があったけれど、少しでも私の芝居を、私を
観に来て欲しいと思ったからです。


結果、それなりに人が来ました。
それでも私にとっては充分です。
来てくれた全ての人にお礼を言いたいです。


そして、観に来てくれた人からいろんな感想を貰いました。
アンケートにもお客様の感想が書かれていました。
芝居全体について、役者について。
中には「知佳がよかった」(私のやった役の名前です。)
と言ってくださる方が何人もいてくれて、本当に嬉しかったです。
物凄い派手な役ではなかったと思うのに、それでも
私を観てくれて、自分の印象に残ったということを
伝えてくれたのです。本当に有難い事です。


しかし、アンケートを書いてくださるお客様はほんの極わずかな
方々です。そして、大体アンケートを残してくださるお客様は、
いい印象を持った方ばかりです。
私たちの為に、厳しいダメだしをしてくださるお客様は本当に
貴重なのです。そして、そんなお客様はほとんどいらっしゃいません。
役者の知り合いならば、後で直接本人に言えばいいやという
形がほとんどだと思います。


私の知り合いや、先輩や後輩たちも芝居を観に来てくれました。
そして、感想なんかもいろいろ聞きました。
「そうだよな」と思う事もある反面、その感想を聞いて
私は悲しくなり、がっかりし、失望した人もいます。
特に役者をしている人からの感想ではがっかりしました。


今回の「東京」という芝居は、決して派手ではありません。
設定も、舞台も、台詞回しもとても地味です。
劇団四季のような派手なアミューズメント的な芝居では
ありません。
それは、今回の舞台が芝居の根本・本質をやっているからです。
だから、この芝居を観て、どんな感想を持ったかで、
ある程度その人の芝居観や芝居の好みがわかってしまいます。


「面白い」と言った人は芝居がどんなものかわかっていたり、
芝居をわかろうとしている人だ。
「つまらない」「本が悪い」と言った人は芝居がわかっていない、
又は分かろうとはしない、感情を優先した感情芝居が好きだ
という人だと私は思う。


だから、特に役者をやっている人に感想を聞くのはとても怖かった。
私の中でその人を判別する事になるからだ。
そして私はがっかりして、失望した。
どこかでは仕方ないとは思ってしまったが。



芝居は難しかったと思う。
言い回しや、言葉、感情のつかみ方。特に感情に関しては
お客さんが想像してくれるということを想定してこの作品は
作っていた。だから、ある程度この芝居はお客さんを選んでいる。
そして、決してストーリーを見て欲しかったわけではない。
その人がどんな生き方をしてきたのか、そして今、どんな
風であるか。
その生き方や自分の本当の部分をさらけ出せた人は、お客さんも
観てくれただろうし、心のどこかに引っかかってくれたと思う。
そう考えると、「知佳がよかった」とアンケートに書いてもらえた
ことは、とても大きな意味を持つ。



舞台稽古が始まったのが11月の下旬。
それからとにかく辛かった事しか覚えていない。
何が辛かったのかはよく覚えていない。


稽古でしたことといえば、自分が今まで積み重ねてきた、
間違っていた芝居観や要らないプライドなんかを
捨てる事だけだった。
こんな自分なんだと認めたくない、何とか本当の部分を
隠して、人から嫌われないようにしていた、それを
全部出して、自分で自分を見つける事だった。
見つけた自分をちゃんとみてあげる。
日常を生きること自体、その生きている自分を演じている
自分がいる。それを本当の自分にする。舞台の上だけでも。
とにかく辛かった。
それでも、汚ったない自分でもいいよと言ってくれる
人たちがいてくれて、本当に良かったと思う。
怖かった。認めてもらえた後でも怖かったのは言うまでも無い。


でもそれができた瞬間、目の前がクリアになった。
はっきりと周りが見えるようになった。
これだけでも私は大分変わったと思う。
自分の持っている音色も変わった。


音色といえば、初めて自分の商品としての声を
どこから出せばいいのかわかった。
私の地声は低い。だから、低いポジションで出して
いいのだと思っていたのだが、それよりも高い位置で
出すのが私の商品としての声だとわかった。
今回そこでずっと芝居をしていたのだが、本番を
観に来てくれたとある養成所の講師の方が私の
声の出し方を褒めて下さっていたと聞いた。
本当に嬉しかった。
これはいろんなところで使える。自分の声の使い方を
少しでも分かったのはすごく良かったと思う。
人に伝えるという時点で、とても有利だ。



ここまで書いてしまって気づく。
それ以外に私は何を得たのだろうか?
後はどう刺激をとって、それに反応するのかという
部分だが、これは分かるところと分からないところがある。
100発100中ではない。まだ私のものになったとは言えない。


答えに行き詰る。
これ以外に私が得た事が見つからない。
結局、今回の舞台では、今まで迷い道にいた自分を、
大きな、まっすぐな道に戻したというだけに過ぎない。
進んでいるように見えて進んでいないのではないだろうか。
きっと私がここ何日間もこの最後の日記をかけなかった
理由がここにあると思う。
前に進みたい、進みたいとずっと思って言っていたのに、
本当は進んでいなかった。
そしてその進んでいないのは私のせいだ。
結局、何もかもを捨てて、この舞台に全てを賭けることが
できなかったのだと思う。演出さんはその期間中の全てを
私達にかけてくれていたのに。
私たちは臆病で、今の場所から動く覚悟がなかったのだ。



「何かを得るためには、それなりの何かを捨てなければならない。」


そう誰かが言っていた。
覚悟とリスクを負わなければ、本当に欲しいものなんて
手に入らないのだ。
推薦入試で受からなければ国立には入れないと思って
覚悟したから今の大学にも受かった。
落ちたら落ちたで、私はそれまでだと思ったから、
今の劇団で公演組に残れている。
ロールプレイングゲームと同じだ。
持てる持ち物の数には限界がある。
それ以上に欲しいものがあったら、自分の持ち物から
何かを捨てなければならない。例えそれが大きなものでも
小さなものでも。


そう考えると、やっぱりOFCで舞台をやっていた私は、
何にも捨てられていなかったのだ。
公演が終って、この舞台と引き換えに失ったのは
人への期待と信頼だけだと思う。決して観に来てくれた
全ての人が私の芝居を理解してくれたわけではない。
そして好んではいないのだと。


でも、私には今回の舞台と芝居は必要だった。
「一生芝居をしていたい」
という私の一生の夢がある。その長い長い先の夢のためには
芝居の根本や本質が必要だと思う。
そして、目先の夢のためには、アミューズメント的な芝居も
必要なのである。
両極端な芝居に挟まれて、ずっと苦しむ事は分かっている。
どちらか一方にしなければいけないという説もある。
どちらかに絞れない今、きっと私に大きなものは得られない、
そう思う。でも、それはいつか選択しなければならない
時が来ると思う。
そしてそれは、私が芝居をどういう位置づけにするか
決めるときだと思う。


まだ暫く時間がありそうだ。
でも、そのときは確実にやってくる、迫ってきている。
その時に悔いの無いような答えを出すために、また
私は舞台に立つのだろう。

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