芝居を手にした黄兎の日々

芝居を再び手にした私が繰り広げる、やや外れた日々。
でも、きっと面白い日々に違いない。
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明日小屋入り…!

今日が最後の稽古、私も稽古場で通しを観てきました。

前回見ていたときよりも、一人一人、成長している人、

そうでもない人、はっきりと見えましたよ(爆)

作品は確実にまとまってきてますので、これが

ゲネ、本番と重ねるにつれて、どこまで膨らむのか楽しみです。



演出の大石さんがやりたいことは、そのシーン、その言葉の音色、

一つ一つ前よりも明確に感じることができるようになっていたのに

驚きました。それを私ができるとは思わないけれど、

もっと繊細に感じ取れるようになりたいなぁ。

大石さんの舞台は、そういうところを繊細にとっていくと

面白い。



一番最初に大石さんの芝居と出会って、それから色んな

芝居をみて、経験して、そしてまたここに戻ってきた。

あの時は大石さんの芝居が全てだったけれど、今は

沢山の芝居の中の一つの世界として見据える事ができる。

これが全てでもないし、絶対でもない、一つの世界。

自分が上手くなったとは思えないけれど、

少しずつ世界は広がっている。



明日から、またちょっとした大石ワールドに浸かってきます。
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明日から全参加します…!

昨日は自主映画の撮影があって参加してきました。

(それはまた後日アップしますね〜。web拍手の方には

特に詳しく。)今日でバイトは一先ず終了。

来週の公演に向けて、お休みを頂きました。

明日からOFCの稽古に参加、そして小屋入りします!!!



私はスタッフだけど、役者の皆はもっと大変なんだろうなぁ…。

ふっと自分が役者で参加してた時を思い出しますね。

スタッフでも物凄い忙しいので(まだパンフレットも完成していない。汗)

気は抜けない!んだけど。



私のスタッフ奮闘ぶりも、随時アップしていきたいと思っておりますので、

観てくださ〜い。そしてお時間がある方は是非劇場でお会いしましょう…!

第1回公演を観た方は観に来ていただけると面白いと思います…!
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パンフレット製作

早くから支度をしようと思っていたのですが、いきなり寝坊してしまい、

出発の1時間前に家を出ました(汗)

昨日連絡して、今日の昼間にパンフレット用の写真撮影を

急遽行いました…!(皆突然で本当にゴメンナサイ、いつも)



いつもは結構時間をかけて色んな案を考えるのですが、

今回は時間も無かったので、いたってシンプルにつくろう!

と考えました。で、シンプルです。



これからまた孤独な製作活動に入っていきますので、

…が、ガンバリマス。
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一気にやらなければいけないことが…

制作・チケット系の仕事は慣れてきて、ぱぱっとできるように

なってきたなぁ〜と思っていたところ、更なる仕事が…。



どうやら当日パンフレットの製作を依頼していた子が

だめになってしまったらしく、結局私が作ることに…!



ぎゃっ。



もう、制作的なことしか眼中になかったからめちゃくちゃ

あわてましたよ!!全くデザインのアイディアなんか

浮かばないし!!

まぁ、でも、やらなきゃと思って、ぐるぐるレイアウトとか

考えてます。



大体私は当日パンフレットは、芝居の内容に沿った感じで考えます。

一番多いのが、何かをモチーフにするということ。

芝居の中に出てくる小道具であったり、モノであったり。

そういうのを結構私は大事にしたりします。



でも今回のOFCの芝居ってそういうのが難しいのです!

だから今回はシンプルに。より役者たちの人柄がわかるように。



もうすぐにバシバシ行動するぞ〜
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第3回公演始動

OFC第3回公演の初日稽古です!

今日からスタートということで、私も制作の打ち合わせの為に

稽古場にお邪魔してきました。キャストを考慮するということで、

役者の音色を今日は簡単に聞いて終わり。

(演出の大石さんはその人の持っている音色っていうのを聞いて

役を決めるのにつかうのです。個人的にこの「音色」っていうのが

とっても興味深い。)



<IMG SRC=http://yellowrabbit.visithp.com/dcg/029.JPG>



それからチケットなどに関しての打ち合わせをして、

初日の稽古は終了。まだまだの劇団なので、どうやっていくかは

毎回試行錯誤なわけです。その中でよりよい方法などを模索中。

私もこんなに本格的に制作に関わらせてもらうのは初めてなので、

皆に迷惑をかけたりわがままを言わせて貰うなあと思いつつ、

でも自分にできることはやりたいなあと思っております。



写真はチラシと仕事中のノート。

まだ白紙が多いですが、これからうまっていきます(笑)



ただ、まだ女性の役者が2名足りてませんっ!!!!

探しております!!!!





出たい方はご一報下さい。


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(OFC)これが最後。

以前舞台に参加させてもらっていたOFCから、



「もう呼ばなくていい」



ということを受け、ぐだぐだ私はぼやいていた。

結局どうしていいかわからず、その言葉を



「私は役者として必要ないので要らない。けれど、

スタッフとしては人が足りないと思うので、何かあったら

手伝って欲しい。」



という風に解釈した。

これは私の一方的な受け取り方であり、OFC側からの

思いは違うかもしれないと思い、メンバーの友人に話を

聞くことにした。



結局、本質としては

「参加・不参加の意思表明をしていない人は、

呼ばなくてもいい。本来ならば、来たければ、こちらから

ではなく、参加したい奴から連絡をすべきだ。」

という形であり、私が必要だとか不必要だとか、そんな

余計な考えは全く関係なかったのである。

個人の自由意志に任せる部分が大きいこの集団の

考え方だったわけである。



では、私個人の意思はどうなのか?

ということに全てはゆだねられる。





OFCのメンバーも少し参加しているワークショップがある。

以前私も参加していたが、現在ではまったく関わらなくなった。

演出さんに借りていた台本を返すということもあったので、

そこの稽古場にお邪魔した。ほんの何十分であったが。



上手くなっている人もいれば、そうでない人もいた。



演出さんがやっているのは、演技指導でなければ、

芝居の本質・確信でもなく、演出だった。

その方法と探り方。

今まで私が演技指導であり、私たちを伸ばしてくれる

ものと思っていたものは、演出だったのである。

その演出から、芝居の本質や見せ方、自分のスキルアップを

目指していく形だった。



私の為にやっていたことではなく、全ては芝居の為に

やっていたことだと思った。

そしてその演出を受けている人を不思議と羨ましい、

また、この中に入りたいとは思わなかった。

確かに上手い、面白いけれど、演出が見えた今、

それを受けてみたいとは思わなかった。





同じ舞台をやる者として、いろんな人と関わりを

もっておくことはいいことだと思う。

だから、この集団に関わっている人たちと縁は

切りたくない。同じ舞台をやる人として、友達として、知り合いとして。



けれど、またこの集団に関わって、同じものを

作りたいとは思わなかった。

私はエゴで芝居をしたいなと思った。

たとえそれが、OFCの演出さんに言わせるとお芝居ごっこ

だったとしても。私はそれでいいし、それを面白いと

感じる人もいるのだと思えた。



だから、純粋に、友人として、OFCのメンバーたちとは

付き合いたいと思った。



だから、「参加する・参加しない」、OFCの舞台に関わる事は

私にアポをとらないで欲しいと言った。

私は、OFCには今後参加しないだろうと思う。

そこで芝居をしたいと、思うだろうか?、そう、思う。



だけど、必要ならば、友人として、同じ舞台人として、

お手伝いを頼まれるのは構わないと思った。



一線を引いて、距離を保つのがいいと思った。





帰りながら、メンバーの人に話を聞いてもらったことを

整理していた。

1つの場所で芝居をしていく、腹を決めるっていうことは

こういうことなのだと思った。





私の言葉にならない言葉を一生懸命聞いてくれた

メンバーの皆に感謝します。どうもありがとうございました。



ちゃんと、向き合って話をするのは、もう、

これが最後だろうと思った。
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(OFC)本番レポート?「舞台を終えて」

OFCの舞台が終ってから大分経ちました。
いつもなら終ったらすぐに感想や考えた事なんかを
書けるのに、今回は書けません。
1月30日の日記部分を開いてはいるものの、既に
本番が終ってから3日が経とうとしています。


この日記を書いていたら、原因はわからないけれど、
どこか触ってしまったのか、後半まで書けていたのに
全部消えてしまいました。相当ショックを受けています。
言葉を一つ一つ確かめながら、言葉を選びながら、
じっくり考えて書いていたのに、全てが消えました。
泣きながらこれを書いています。
それほどまでに、私はこの日記に自分の思った全てを
書こうとしていたし、それを書いた事によって自分が
人からどんな風に思われるかわからない。
そんな怖さと感じながら書いていました。
例え私がひどい奴だと思われてもいい、それでも
これを書かなければいけないと思いました。
それが私の感じた事であり、考えた事だから。


そういうわけで、最初に書いていたものは全て消えました。
消えたものは元には戻りません。
同じものを書こうとも思いません。
消えてしまったものより、もっと私の思った事を
リアルに書けるように書きたいと思います。
多分とてもひどいことも書くと思います。
それで私を嫌いになってしまっても仕方ないと思うし、
共感する事も不思議には思いません。
のとえみという名前を賭けて書きます。
そんなリスクを負っても、私は書かなければならないと
思うのです。
きっと「そんなに言葉を選んで書くな、もっとお前が
思ったありのままを書け」と言ったのだと思います。
そう信じて、また新しく書き始めます。


とても長くなると思います。
それだけ私も時間と自分を賭けて書きます。
心の準備をして、深呼吸をして、書き始めます。
ゆっくり読んで下さい。




今回の芝居を私は沢山の人に「観に来て」と言いました。
いろんな思惑があったけれど、少しでも私の芝居を、私を
観に来て欲しいと思ったからです。


結果、それなりに人が来ました。
それでも私にとっては充分です。
来てくれた全ての人にお礼を言いたいです。


そして、観に来てくれた人からいろんな感想を貰いました。
アンケートにもお客様の感想が書かれていました。
芝居全体について、役者について。
中には「知佳がよかった」(私のやった役の名前です。)
と言ってくださる方が何人もいてくれて、本当に嬉しかったです。
物凄い派手な役ではなかったと思うのに、それでも
私を観てくれて、自分の印象に残ったということを
伝えてくれたのです。本当に有難い事です。


しかし、アンケートを書いてくださるお客様はほんの極わずかな
方々です。そして、大体アンケートを残してくださるお客様は、
いい印象を持った方ばかりです。
私たちの為に、厳しいダメだしをしてくださるお客様は本当に
貴重なのです。そして、そんなお客様はほとんどいらっしゃいません。
役者の知り合いならば、後で直接本人に言えばいいやという
形がほとんどだと思います。


私の知り合いや、先輩や後輩たちも芝居を観に来てくれました。
そして、感想なんかもいろいろ聞きました。
「そうだよな」と思う事もある反面、その感想を聞いて
私は悲しくなり、がっかりし、失望した人もいます。
特に役者をしている人からの感想ではがっかりしました。


今回の「東京」という芝居は、決して派手ではありません。
設定も、舞台も、台詞回しもとても地味です。
劇団四季のような派手なアミューズメント的な芝居では
ありません。
それは、今回の舞台が芝居の根本・本質をやっているからです。
だから、この芝居を観て、どんな感想を持ったかで、
ある程度その人の芝居観や芝居の好みがわかってしまいます。


「面白い」と言った人は芝居がどんなものかわかっていたり、
芝居をわかろうとしている人だ。
「つまらない」「本が悪い」と言った人は芝居がわかっていない、
又は分かろうとはしない、感情を優先した感情芝居が好きだ
という人だと私は思う。


だから、特に役者をやっている人に感想を聞くのはとても怖かった。
私の中でその人を判別する事になるからだ。
そして私はがっかりして、失望した。
どこかでは仕方ないとは思ってしまったが。



芝居は難しかったと思う。
言い回しや、言葉、感情のつかみ方。特に感情に関しては
お客さんが想像してくれるということを想定してこの作品は
作っていた。だから、ある程度この芝居はお客さんを選んでいる。
そして、決してストーリーを見て欲しかったわけではない。
その人がどんな生き方をしてきたのか、そして今、どんな
風であるか。
その生き方や自分の本当の部分をさらけ出せた人は、お客さんも
観てくれただろうし、心のどこかに引っかかってくれたと思う。
そう考えると、「知佳がよかった」とアンケートに書いてもらえた
ことは、とても大きな意味を持つ。



舞台稽古が始まったのが11月の下旬。
それからとにかく辛かった事しか覚えていない。
何が辛かったのかはよく覚えていない。


稽古でしたことといえば、自分が今まで積み重ねてきた、
間違っていた芝居観や要らないプライドなんかを
捨てる事だけだった。
こんな自分なんだと認めたくない、何とか本当の部分を
隠して、人から嫌われないようにしていた、それを
全部出して、自分で自分を見つける事だった。
見つけた自分をちゃんとみてあげる。
日常を生きること自体、その生きている自分を演じている
自分がいる。それを本当の自分にする。舞台の上だけでも。
とにかく辛かった。
それでも、汚ったない自分でもいいよと言ってくれる
人たちがいてくれて、本当に良かったと思う。
怖かった。認めてもらえた後でも怖かったのは言うまでも無い。


でもそれができた瞬間、目の前がクリアになった。
はっきりと周りが見えるようになった。
これだけでも私は大分変わったと思う。
自分の持っている音色も変わった。


音色といえば、初めて自分の商品としての声を
どこから出せばいいのかわかった。
私の地声は低い。だから、低いポジションで出して
いいのだと思っていたのだが、それよりも高い位置で
出すのが私の商品としての声だとわかった。
今回そこでずっと芝居をしていたのだが、本番を
観に来てくれたとある養成所の講師の方が私の
声の出し方を褒めて下さっていたと聞いた。
本当に嬉しかった。
これはいろんなところで使える。自分の声の使い方を
少しでも分かったのはすごく良かったと思う。
人に伝えるという時点で、とても有利だ。



ここまで書いてしまって気づく。
それ以外に私は何を得たのだろうか?
後はどう刺激をとって、それに反応するのかという
部分だが、これは分かるところと分からないところがある。
100発100中ではない。まだ私のものになったとは言えない。


答えに行き詰る。
これ以外に私が得た事が見つからない。
結局、今回の舞台では、今まで迷い道にいた自分を、
大きな、まっすぐな道に戻したというだけに過ぎない。
進んでいるように見えて進んでいないのではないだろうか。
きっと私がここ何日間もこの最後の日記をかけなかった
理由がここにあると思う。
前に進みたい、進みたいとずっと思って言っていたのに、
本当は進んでいなかった。
そしてその進んでいないのは私のせいだ。
結局、何もかもを捨てて、この舞台に全てを賭けることが
できなかったのだと思う。演出さんはその期間中の全てを
私達にかけてくれていたのに。
私たちは臆病で、今の場所から動く覚悟がなかったのだ。



「何かを得るためには、それなりの何かを捨てなければならない。」


そう誰かが言っていた。
覚悟とリスクを負わなければ、本当に欲しいものなんて
手に入らないのだ。
推薦入試で受からなければ国立には入れないと思って
覚悟したから今の大学にも受かった。
落ちたら落ちたで、私はそれまでだと思ったから、
今の劇団で公演組に残れている。
ロールプレイングゲームと同じだ。
持てる持ち物の数には限界がある。
それ以上に欲しいものがあったら、自分の持ち物から
何かを捨てなければならない。例えそれが大きなものでも
小さなものでも。


そう考えると、やっぱりOFCで舞台をやっていた私は、
何にも捨てられていなかったのだ。
公演が終って、この舞台と引き換えに失ったのは
人への期待と信頼だけだと思う。決して観に来てくれた
全ての人が私の芝居を理解してくれたわけではない。
そして好んではいないのだと。


でも、私には今回の舞台と芝居は必要だった。
「一生芝居をしていたい」
という私の一生の夢がある。その長い長い先の夢のためには
芝居の根本や本質が必要だと思う。
そして、目先の夢のためには、アミューズメント的な芝居も
必要なのである。
両極端な芝居に挟まれて、ずっと苦しむ事は分かっている。
どちらか一方にしなければいけないという説もある。
どちらかに絞れない今、きっと私に大きなものは得られない、
そう思う。でも、それはいつか選択しなければならない
時が来ると思う。
そしてそれは、私が芝居をどういう位置づけにするか
決めるときだと思う。


まだ暫く時間がありそうだ。
でも、そのときは確実にやってくる、迫ってきている。
その時に悔いの無いような答えを出すために、また
私は舞台に立つのだろう。

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(OFC)本番レポート?「写真レポート」

本番レポート?は楽屋の写真レポートです。





朝小屋入りしてから舞台に全員集合。
舞台上で今日のスケジュールを確認した後アップ。
皆それぞれの場所でやってますね。




本番と本番の間の休憩時間。
ぐったりとお疲れのご様子。
1日2回公演するって簡単なようで結構しんどいんですよね。
稽古場から皆愛用していた毛布に包まって寝ている人も
いましたね。



皆の鏡前。人それぞれの性格が出ますね…。
メイク道具やら飲み物やら差し入れやらいろんなものが
のっかっています。



そんな私の鏡前。
メイク道具がほとんどを占めています…。
そして小屋入りしてから大変お世話になるのがカロリーメイト(爆)
本番前はお茶だとのどの粘膜が取れてしまうので、
お茶以外の飲み物を用意しました。






左と真ん中の写真は楽屋の風景。
打ち合わせやら雑談やら、大分にぎやかです。
一番右は私への差し入れたち。
本当にありがとうございました!
甘いお菓子から幼児牛乳…節分の豆まきセットまで(汗)


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(OFC)本番レポート?「初日」

本番レポート始動!…ということで、今回は3部作に致します。
1回目は「初日」
2回目は「写真レポート」
3回目は「今回の芝居について全体的に」
という感じにしようかと思います。
全3部作!
かなりながーくなりそうな気がしますので、お時間を作って
ゆっくりお茶でも飲みながらどうぞ。



昨日荷物の搬入、それから舞台つくりをしました。
舞台ができてからは、音響あわせやら照明さんのシュートやら
行いつつ、大体終ってから場当たりをしました。
場当たりっていうのは、実際に舞台で芝居をして、その
照明具合や音響のバランス、実際の舞台をして役者に
不都合が無いか、大道具は大丈夫かなどをみることです。


私はあんまり舞台の仕込みには関わっておらず、
制作や受付の仕事をしておりました。
大道具を組んだり、舞台を作る方が向いている女の子も
いるのですが、私は本当に力仕事に弱く、楽屋で
当日パンフレットを折ったり、アンケート用紙をその当日パンフレットに
折り込んだりする作業をしておりました。
地味な作業ですが、お客様のためにやる仕事です。


だいたいそんなことをしていたら27日の仕込みは終了。
22時には楽屋を閉め、劇場を後にしました。



そして次の日。
小屋入りは10時。
昨日終らなかった場当たりをしました。
その途中、舞台の大道具で使っている回り舞台
(平台3枚にキャスターをつけ、扉をつけ、人が乗って
まわれるようにした回転扉。)
の調子が悪くなり、確認したところ、回り舞台を回す
中央の芯がおかしいということが発覚。
急遽、芯を作ってくれた工場に車で運ぶことに。
演出の粕谷さんがそれをやってくださっている間に、
私たちは回転しないバージョンの出はけの段取りを
つけました。
当日こういうことってよくあるのです。


14時30分。
ゲネ開始。
本番と同じように、お客様が入っていない状態で芝居を
することですね。
いまだ回り舞台の芯は届かず、回らないバージョンでの
ゲネになりました。


3時15分頃、ゲネ終了。
その少し後に演出の粕谷さんが戻ってこられて、
回り舞台の芯が直った!という報告が入りました。
本番までの短い時間で、回す段取りを全ておさらい。
皆の顔にもこの辺りで笑顔が。
いよいよ本番。


お客さんは沢山、立ち見も出ていました。
芝居云々についてはレポートの3回目でぐちぐち書きたいと(爆)
思いますので、私も覚悟しつつ…。
劇団の先輩やお世話になった演出さんなどなど、
懐かしい顔もちらほら見えました。
今回は予想していなかった人が沢山来てくれていて、
本当に嬉しかったです。


初舞台の人が多かったせいか、沢山の差し入れが!
あふれんばかりのお菓子や花に楽屋のテーブルが
埋め尽くされておりました。
(楽屋の風景は2日目の写真レポートにて。)


明日の打ち合わせをして本日は終了。
持ち帰れる荷物をカバンに詰めて家路につきました。

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(OFC)今、見せられるもの

小屋入りしました。帰ってきたのが23時。
明日の支度など、いろいろやらなければいけないことがあるけれど、
なぜかパソコンの前にいます。


明日、本番です。


いろんなことがありすぎて思い出せません。
辛い事が多かったということは覚えています。
でもそれが何だったか、思い出せないくらいになっています。いい意味で。


私はいつも一人だと思います。
日常生活していても、たくさんの人たちに囲まれていても。
誰かに言われました。
「生き方が強いから、強く見えるんだと思う、舞台の上でも。
そしてあなたは今までずっとそうで、これからもそうだ。」と。


沢山の人に支えられてここに実際はいるのだけれど、
人に頼って生きたくは無い、といつも思う。
何でもできればいいってもんじゃないけれど、何でも自分でやらなきゃって
思ってしまう。
ずっとだ。
それは今までずっと変わらないだろうし、これからも変わらないと思う。
それが<私>だからだ。


いつまで経っても自分を好きになれずに、でも常に誰かには
愛して欲しくて、誰かに自分を見ていて欲しくて、
それがあるから舞台から離れられない。
舞台をやっていれば、誰かは私を見てくれる、舞台上で、
袖から、客席から。
物理的に見るということではく、精神的に。
誰一人として私を見てくれなくなったら、それは私が舞台を、芝居を、役者を辞める時だ。


プロの役者として芝居をしていきたいというのは、
私が一生芝居をやって生きたいと思ったからだ。
その一つの方法が「プロになる」ということだったのだ。
だから、今はプロになることだけが全てではない。
その先に、ずっと先に繋がって行くかどうかなのだ。
40になっても50になっても芝居を続けていたい。
その為の一つの道がプロだったわけである。



「自立した芝居をしたがっている。
自分だけで芝居を完結しようとしている。」
そんなダメだしを何回も貰った。
技術的にどうこうではない。
私が人を信用できていないからだと思う。
だから、自立した芝居をしているときは、人を信用できて
いないときだ。
それができるようになったら、私はもう少しまた変わると思う。


「お前には優しさがない。だから芝居も荒いんだよ。
こういうところで人柄がでるんだよ。」


と舞台監督さんに言われた。
優しさは無いと思う。そうしてしまったら本当に私はすごい
苦しむことになると思う。あんまり良くない方向へ。
かなり悔しいと思うけれど、じゃあ、そういわれて優しくなろうとか
思えない。素直じゃないのもあるけれど、そんな人に
なりたいとあんまり思わない部分が大きいかもしれない。
私がなりたいのはそういう人じゃない、多分。



舞台をやっていると、やっている間だけは、何となく
一人じゃない感じがする。
そういう所に甘えて舞台が好きっていうのもあると思う。
誰かが見ていてくれるだろうから。
そんなどうしようもない人なのだ、私は。


でも、そんなどうしようもないところしか私には見せるものがない。
見せられるものが無い。
悔しいけれど、そういうことくらいしか私には無い。


明日見せられるものは、そんなものです。
私です。私を観に来てください。



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よく読まれてます☆ どうでもいいことから壮大なことまで答えてます。











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