芝居を手にした黄兎の日々

芝居を再び手にした私が繰り広げる、やや外れた日々。
でも、きっと面白い日々に違いない。
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地域映画「まちむすび」の撮影を終えて




地域映画「まちむすび」、9月2日の撮影をもちまして、
無事クランクアップしました。
関わってくれた全てのみなさま、オファーをいただいた
宇野津さん、監督の清水さんを始め、カメラ監督の島倉さん、
スタッフのみなさまに、あらためて感謝いたします。

昨年、映画「カノン」に出演させてもらった時、
今度映画に出るときは、もっと台詞があって、役名も
自信を持って言える役としてでたい、という気持ちになりました。

メインキャストとエキストラでは大きく隔たりがあり、
その差が今の私の力の差なんだ、ということを感じました。
現場の対応や扱いにその差が、目に見えて出ます。
その目に見える、ということがそのまま私の力の無さだと
言われているような気がしてならなかったです。

地方にいてそんなことを思うのはなんかちょっと変な気がしますが、
それでもそのくらいの役者に少しでも近づくようになりたい、
という思いになった、ということなのかもしれません。

元々このまちむすびも、私はエキストラで出演するはずでした。
天神さんは、地元で何本も映画に出演しています。
天神さんが知っているスタッフさん、だけれども私は知らない
スタッフさん。その差をまず埋めよう、と思いました。
図々しいかもしれないけれど、ちょっとでもスタッフの顔をして
何か関われることがあったらそれでもいいかもしれない、
という風に思っていました。
基本は舞台であって、まずそれを満足にできるようになる。
それがあってからの映画なり、声なりであるということは
ブレないようにしよう、と思いました。

結局ご縁があって、メインキャストのひとりとして参加させて
いただくことになったのは、宇野津さんのお陰であり、
3月の公演を作り上げてくれた天神さんのおかげだと思っています。

血が滾さんをはじめ、県内には私くらいの女優さんはたくさん
いらっしゃいます。各劇団にひとりくらいはヒロインキャラが
できる女優さんがいるものです。
その中で、まず血が滾さんの役者さんから代打を選んでもよかったはずです。
きっと宇野津さんのことだから、メインキャストに血が滾の役者
ばかりが並ぶというのはどうだろう、できることなら回せる役で
他に適任がいればその人に回そう、くらいに思ったのかもしれません(笑)

それでも、県内には女優さんがたくさんいて、ビジュアルや
年齢的に適役の方がいらっしゃったと思います。私の前に他の方に
オファーしていたけれど、スケジュールが合わなかった、かもしれません。
それを経てかもしれないけれど、私にお話が来たのは運という人脈
だったと思うし、お休みを比較的に取りやすい環境であったり、
それができるように今まで関係を築いてきた昔からの自分の働き方で
あったりだと思います。

そして、声をかけてもいいかな、と思わせるに至った芝居を
伝えることができたのは、3月の公演だったなと思います。
こっちでもちょっと書いていますが)

クランクアップした日のお疲れ様会でも話していましたが、
3月の公演、天神さんは最終的に、私をかなぐり捨ててでも、自分の芝居を
仕上げてくると思っていました。自分との間の芝居の力に
差があって、それを埋めようとするだけでも精一杯なのに、
これ以上差が開いてしまうのはやっぱり悔しい。
だから、とにかく先へ、先へ。自分が先行すればした分、きっと
天神さんもぐーんと追い越して先へ行く。そう思ってやりました。

久しぶりにこんなに全力以上で芝居をして、考えて、芝居して、
芝居のことばっかり考えて過ごして、とても楽しかった。
それくらいして、ようやく観ている人に「声を掛けてもいいかな」
と思わせる芝居を提示することができた。
宇野津さんは役者としての相性が良いんだね、と言っていたけれど、
そんな綺麗なことじゃなくて、きっと負けず嫌いで、絶対に自分の方が
上手くて、むしろ世界一上手くてってお互いに自分の方が絶対上なんだって
思ってただけだったんじゃないかなって思います。
それが同じくらいで、上手いことバランスが取れたんじゃないかって
思っています。

そんなわけで、ちょっと無理して頑張れる相手だったからこそ、
そしてちゃんと見て演出してくれる相手だったからこそ、
3月の公演は上手くいったんだなって思っています。
それくらい自分としては頑張ったと思うので、それに対していただいた
ものがあったのは嬉しいし、それを観ていてくれたというのは本当に
感謝しかありません。


■富山の演劇人もむすばれてゆく

以前のブログにも書きましたが、前に宇野津さんと話をした際に、
県内のアマチュア役者勢で何かできたら、みたいなことを言って
おられました。その時は映画ではなく、舞台なりなんなりだったと
おもいます。キャスティングが掌握できた時点で、きっと半分くらいは
意図的にこうしよう、という思いはあったんだろうなと思います。
(ご本人的には、話を書き進めていく中で芝居が出来る人を集めな
 ければ、という感じだったらしいですが)

その点もあってかどうかわからないですが、県内のアマチュア役者勢が
一堂に会するような場所になったなと思っています。
きっと、「まちむすび」の映画の中で大切にしたい、と言ったものが、
このアマチュア勢の中にも生まれたんじゃないかなと思っています。

この最初の一歩、多分、これは2歩、3歩と続いていくんだと思います。
そしてそれができるのは、多分この81年、82年生まれ組なんじゃないかって思います。
富山県って、わたしはちょうどいいと思っています。
こうやって、集まって芝居をしようと思えば、何とか、ちょっと無理を
それぞれがしたら集まって出来てしまう。これが新潟だったら距離が
有りすぎて難しいし、東京だったら星の数ほど役者がいるしで、実現が
難しいんじゃないかって思います。
誰かひとりが無理をするんじゃなくて、みんなちょっと無理をする。
それをしてもいいと思わせる人たちで、集団でありたいと思います。

それから、宇野津さんを、わたしたちはシンデレラにしたい。
ガラスの靴を用意して、馬車を用意して。
天神さんが王子様で私が魔法使いか、その逆かはわからないけれど。
それができるのも、きっとほかにはいないんだと思っています。
そして、それは多分、私たちだからできることなんじゃないかなって思ってます。
もうこれも直接勢いで言っちゃったけど、役者のとえみは、
役者・演出家、天神祐耶という王子様に手を差し伸べてもらって
新しい世界に立っている。だから、次は宇野津さんの番。
きっと絶対に手は差し伸べてくれる。それを掴んでくださいと祈る
ことしか私はできないんだけど、宇野津さんも天神祐耶という王子様に
見たことの無い世界に連れて行ってもらって欲しい。
勝手な、個人的な願望です。(笑)


■映像のお芝居をやるということ

映像のお芝居をやるのは、私は初めてです。
養成所時代に、映像系の講師の方に教わって、ドラマのテキストを
レッスンで使ったことはありますが、私は映像むいてないなぁって
思っています。可愛いわけでもないし、華があるわけでもない。
芝居も映像向きか、と言われればそうではない気がしています。

それでも、お芝居はお芝居です。

読み合わせの頃から天神さんにチェックされつつ、映像はこうだから、
という風にアドバイスをちょこちょこもらいました。
天神さんは映画を何本もやってきているので、映像のお芝居や
撮られ方には天神さんなりの考え方があると思います。
きっとそれが根本なんだって思っていますが、私が現場に入って
感じたこととかをまとめて書いておこうと思います。

当たり前のことなんだけれど、カメラがあって、役者さんなり、
絵なりを、カメラの枠で切り取ります。自分がこうだと思って
撮られているのとは違うカットで撮られている可能性がある、
ということです。だから、自分ではコントロールできない部分という
のが映像には発生する。

舞台ならば、ある程度演出によって、お客さんの目線を誘導する
ことができます。前に立つ、お客さんの方を向く、声を大きくする
などなど・・・。けれど映像は自分で見ている人を誘導できず、
監督なりカメラさんなりがどう魅せたいかを芝居をしている時点で
切り取ってしまいます。
この、自分ではどうしようもできない力が働く、というのが
難しい所であり、面白い所だなって思いました。

天神さんや中島さんの話を聞いていると、
「こういうカットを撮りたいだろうから、それにカチッと
 はまる芝居をして、その通りに撮ってもらう」
ということを話していました。
そういう思いがあるからこそ、自分の思ったカットを撮らなかったり、
完成したものの中に意図したものがあまり入っていなかったり、
というギャップも生まれてくるんだと思います。

私はなんか、こういう感じで撮られよう、っていう風に思えなくて、
そこまで映像も詳しくないし、そこまでの芝居をはめることなんて
できないんじゃないか、という自信の無い思いでいっぱいです。
それでも希望のように感じたのは、監督の清水さんの、

「撮らせたいという芝居、もっと撮ってみたいと思わせる芝居を
 しなきゃ。」

という言葉。多分、エキストラさんに向けて笑いながら言っていた
言葉だったと思います。そんな言葉だけれど、私には何だか救いの
ように思えました。
撮らせにいく、ではなくて、カメラさんや監督さんの思いにゆだねて
しまってもいいんだなって思えたから。やっぱり自分には自信が無くて、
自分から絵を提示するほど強い思いも芝居もできない。
だから、私は私の雰囲気や空気や、良い意味で他の人とは違う何かが
あるようなお芝居なり、一瞬の、そんな何かを持つ芝居をしたい。
いや、こっちの方が難しいんだよ、って思うだろうけど。(笑)

映像向けのお芝居って色々あると思います。
私はそういうのはわからないけれど、今回は、
「周りに合わせて、空気を引き継ぐ」
「芝居を飛ばさないで、私の周りに空気を作る」
っていうことを心掛けてやってみました。

私は、商店街の、お芝居をしたことがない方々と共演させていただき
ました。だから、皆さん、普段の自分がしゃべるような感じで
台詞を言われます。それに違和感なく混ざる。
天神さんにもアドバイスをもらって、とにかく抜く芝居をする、
というのを心掛けました。意識としては、周りの皆さんのアイレベルに
合わせて芝居をする、という感じです。
みなさんが見ている風景を、みなさんが持っている空気の中に
私も混じってお話をする。

商店街のみなさんは本当に気さくで、私が挨拶やお話をしても
スッと輪の中に入れてくれて、とても安心して話をすることができました。
それに甘えてしまった部分が多くて、自分は何にもしてないんじゃないか
って思うこともよくあったけど、何となく馴染んで、一緒の塊として
画面に映ってくれていればいいなと思います。
きっとそれは、監督の清水さんやカメラの島倉さんがいい感じに
切り取ってくれただろうなって思っています。

あと、ちゃんと他の人の台詞を聞くということ。
その芝居を受けて自分も芝居をするということ。

本当に難しくて、何度も何度ももっと頑張れって自分に対して
思いました。カメラの前でちゃんと自分の意図した芝居はほとんどできない、
っていうのは、「カノン」に出たときに凄く感じました。
ひとことの台詞でこうだったんだから、もっと台詞が多くなったら、
もっとできなくなる。そういう思いがあって、何も考えなくても
台詞が出てくるくらいまで練習しなきゃだめだなと思って、
そこはすごく気を遣ったと思います。台詞に対しての心配があまりない
ところまで、何とかたどり着けたので、他の人のお芝居を聴く
ということが一瞬でも意識できたかなと思います。

あとは、どんな現場でも、カメラの前でも自然体で居るということ。
飾らずに、見栄を張らずに、ナチュラルな自分で居ることが
できるようになってきたのは大きく変わったことだなって思います。
どうしても知らない人の中に入ると、良く見せたいとかそういう
想いが出てしまうけど、今回は無理をせずに、自分がナチュラルに
居られる状態でいよう、と思ったので、そうさせてくださった
現場の皆さん、役者さん、商店街のみなさんには本当にありがたく
思っています。

そして、芝居を飛ばさないということ。
舞台はどうしても意識を前に、観てほしい所にとばしてしまいます。
けれど、映像はもしかしたらそれが邪魔になるかもしれない。
だから自分の周りに芝居の空気をつくる。一緒に芝居をしている人と
空気を共有する。表情や感情も大きく作りすぎないように気を付け
ました。感情はいっぱい持っておくのはもちろんいつも通りで、
大きく感情は作るのだけれど、その強弱を調節する感じです。
やってみて過剰だな、とか、煩いかな、と感じた所は抜く。
小さくするのではなくて、すく、という感じに近いです。
元々の感情とかの大きさは同じで、厚みが出てしまったところをすく。
髪の毛のボリューム調節みたいに、すく。

舞台でも抜きの芝居は結構意識してやるようにしているので、
その延長みたいな感じでやっていたように思います。
これがいいのか悪いのかはわかりませんが、今の私にできる最大限、
なんじゃないかなって思います。

天神さんみたいに映像に対して自信経験も無いし、褒められるような
役回りでもなかったから、色んなものを期待するのは間違っているけれど、
それでも、違和感がなかったよ、くらいに思ってもらいたい。
こんな役者さんが居たよ、何かの折に、思い出してもらえるような、
そんなものが一瞬でもあったらいいな、とは思っています。

楽しいことも多かったし、悔しくおもった瞬間も沢山あった。
下手くそで下手くそで、自分のやっていることはこれでいいのかな、
何か間違っているんじゃないかな、もっと言いたいことがあったんじゃ
ないかなって思う瞬間も沢山あった。それでも、ここに呼んでくれた人、
共演してくれた人に恥ずかしくないお芝居が出来ていたら、と思います。


■演出通りの芝居をするということ

今回、演出は脚本を手がけた宇野津さんが担当されていました。
どの方に対しても丁寧で、エキストラさんひとりに対しても、
一緒懸命芝居や背景を伝えられていたのが印象的でした。

ちょっとずれますが、この現場はエキストラさんに対しても
とても丁寧だなって思いました。メイクさんもきちんとはいられるし、
直しもきちんとしてもらえる。ナチュラルな役だったけれど、
自分の役はそんなに重要じゃないし、他のキャストさんの
役回りがあって、自分の役回りがあるっていうのをちゃんとしようと
思ったから、その辺り遠慮してしまったというのが反省です。
しっかり自分はこうして欲しい、っていうのを役作りを含めて
持って現場にいなければな、と思いました。
その前に、メイクさんとかがしっかり入るような役を任せてもらえる
くらいにならないといけないですね。

えっと、演出の話ですね。

そんなわけで、今回はとても丁寧で細かい演出を全体に渡って
宇野津さんがつけてくれました。そこはすごく気を遣っていらっしゃったし、
自分の出来る役割の中で最大限、いいものを作ろうという真摯さが
詰まっていたなと思いました。

だからこそ、宇野津さんの演出から外れることはできるだけしたくない、
という思いがありました。その中で、読み合わせをしている時に、
伝えられた演出を自分が忘れてしまっていたというのがあって、
そこは非常に申し訳なく思ったし、それを芝居に昇華する前に忘れて
しまっていたというのが自分を責めた部分でもありました。
「言ったはずなんだけどな」と言葉にした宇野津さんのあの声は
きっとしばらくは忘れないでいようと思っています。これは自分に
対する責任です。

結局その部分が本番で大丈夫だったのか、宇野津さんに確認できないまま
になってしまったのは、私の意気地がなかったせいです。
方向性だけはもう一度確認して本番に臨んだと思っているので、
それで大丈夫だったら、と願っています。こういう甘えた部分が
なかなか抜けきらないのが、本当は上達を阻害しているんでしょうけど。

それがあって、ちゃんと演出から言われたことを
最低限は守って芝居をしよう、と思っていました。


■ 地力がある役者さんたちが集まったこと

そして、今回台詞を多くもらってこの場に役者として来られていたみなさんは、
役者としてのスキルを最低限クリアしてこられている方々なんだなって
すごく感じました。

台詞をちゃんと覚えてきていること
本番前に台詞を共演者と合わせられること
自分がこうしたいという芝居を持ってくること
その芝居が見ている人に伝わるレベルだということ
演出に言われたことをすぐに芝居に反映させられること

言葉にするとこれだけのことですが、これが最低限できる役者、というのは
ほんの一握りなんだ、ということが私は今回現場に入って凄く感じました。
厳しい言い方をしますが、撮影に参加したかった、参加したけれど台詞が
ひとことだったり、無かった、という、上を目指したい役者さんは、
それをちゃんと受け止めてほしいって思います。もちろんこれは私の
個人的な想いです。決して演出さんの思いではないというのは誤解しないで
ください。

もちろん、女性のメインキャストは当初宮本さんの役しかありません
でしたし、男性にしても、役の向き不向きはあると思います。
それを考慮して、どんな役が回ってきたかを思うことはできると思います。
私だってイチ、エキストラとして参加するつもりでしたし、天神さんは
映像の経験が多いから、映像は天神さんに任せようと思っていました。
私の場合は結果オーライでしたし、そうなる前は、私がこんな風にしか
関われないということはちゃんと受け止めて考えよう、って思ってました。

それでも何とか現場に行って顔を通すなり、スタッフとして何か
お手伝いできることがあればと思いましたし、行動したいなって思って
いましたけれど。(結局、役者として行っているのに、あんまりスタッフ
として仕事をやりすぎるのも良くないなという気持ちにはなりましたが)
やりたいと思った人は、結局色々言ったり考える前にちゃんと行動して
いるんだと思います。

個人的に、ここに集まった役者さんたちは、県内でも最低限お芝居が
できて、造詣があって、稽古場に入った時に、

「演出から稽古がスタートできる」

役者さん達なんだなって思いました。
アクセントがどうの、立ち方がどうの、台本の読み込みがどうの、
そんなところは当然クリアしている。逆に言えば、最低限クリアしている
役者さんがどれだけ県内にはいるのでしょう。

今回は現場も時間が結構タイトで、本当に撮影がサクサク進まないと
時間があまりないという状態でした。だからこそ、演出がすぐに通って、
ドライ→本番に入れる役者さんというのが求められたと思います。
現場だからこそ感じたことだし、そういった役者さんが集まっていたから
こそ、このスケジュールが成立したんだなって思いました。
もちろん、仕事としてきちんと回して下さったスタッフさんやカメラさんや
監督の清水さんが居て下さったからこそ、なのですけれど。

クランクアップ日のお疲れ様会で、中島さんは、そんなに考えないで
現場で芝居したけど、というような感じで言っておられました。
私は謙遜と本音が半々くらいだと思っていますが、それは役者として
積み重ねてきた経験と地力があるからこそ、それだけで大丈夫だったんだと
思います。中島さんも言っていたけれど、そうじゃない役者がそんなこと
言ったらぶっ飛ばす(笑)みたいな。それを言ってもいいとは
どういうことか、きちんと受け止めてほしいなと思いました。


■上手い下手を越えて感じたこと

私は基本的に他の劇団さんへ客演はしていません。
どうしても通うのに時間がかかったり、車の運転が苦手だったり
するからです。なので、今回は他の県内の役者さんの芝居を
間近で見せていただいたり、共演させて頂いたりで、とても
貴重なお時間をいただきました。本当にみなさんありがとうございました。

そんな中で、私はいつも上手くなりたいと思っているけれど、
世の中、少なくとも共演した方々は上手いな、というのが
当たり前に感じました。
演出からスタートするのが当たり前という役者さんは、居て、
そしてそういう人たちとお芝居をするのは楽しいなと思いました。

だから、上手い下手とか、そういうことを思わせない役者さんも
県内にはちゃんといるんだなって思いました。基本的なことが
出来ていれば、もうそれは上手い下手を越えてしまって、
この人の個性であったり、特徴であるんだな、と思いました。

宮本さんは本当に魅せるのが上手くて、きっと自分が思ったように
カメラに撮ってもらえているんだろうなって思いました。
通りすがりの街の人が足を止めて芝居をみて、上手かったと
思わずおひねりを渡したくなってしまうほどなんだなって、
あぁ、絶対に私はこんなことはできないなって思いました。
悔しいと思うけれど、それはそれでなんだか割り切れてしまって、
じゃあ、私もそうなりたいのかって言われたら、なんかちょっと
それは私ではないのでは、と思う気がします。

でも、それが宮本さんがちゃんとメインキャストでヒロインの
位置に居られるということなんだって思いました。
私は同じやり方では絶対にそうはなれない。
宮本さんには無い、何か、を持つことで同じ熱量くらいの位置に
いく道がある、ということとは感じました。
それは、質感かもしれないし、声かもしれないし、言葉の
ニュアンスとか感情の伝え方とかかもしれない。
そんな差をはっきりと感じて学ぶことができて良かったなと
思いました。

そんな宮本さんと同じシーン、共演していた天神さんも、
その芝居を受けてまとめあげて、いい空気感のシーンにして
いて、流石だなって思いました。台本を貰った時から色々考えて、
どうしようか悩んで、でもしっかり形にして、それでも、
もっと良くできたんじゃないかって考えている。
そんな姿を少し距離を置いてみていて、凄く真面目だし、
芝居に対して、映像に対して真摯だなって思いました。
一緒に共演した人は天神さん、いいな、って思ってもらえる
役者さんだよな、って改めて思いました。

また、商店街の皆さんにお芝居のアドバイスをしていたときも、
言葉をスッとみなさんに届けられていて、それがお芝居に
つながっているのをみて、それも流石だなって思いました。
人のいいところを見つけて伸ばすのが本当に上手いです。

宇野津さんは今回本当に役者さんだけに専念してもらえなくて
残念だなって思いました。脚本の台詞配分とか、本当に
宇野津さんの優しさと責任が詰まっていて、見ていてそんなに
ひとりで抱え込まなくても、と思わずにはいられないくらいでした。
それでも、色んな想いを抱えながらだろうけど、最後まで
演じきったのは素晴らしいことだなと思いました。

最低限伝えなければならないこと、キャラクター、役柄として
きちんと出るところは押さえていたと思うし、ギリギリだった
からこそ生まれた表現も垣間見られたんじゃないかなと思います。
天神さんはしきりに舞台芝居だという点を残念がっていましたし、
もっと、多分良くなると思っていたからこそ色んな想いを
持っていたと思います。それもわかります。
それでも、演じる上で宇野津さんの人の良さを生かすのならば、
その良さみたいなところは出ていたと思うし、映画を見た人が
宇野津さんの意図に寄り添ってくれる可能性は十分にあるんじゃ
ないかなって思います。

宝島くんは、宇野津さんの斜め後ろで、しっかりと空気を
受け止めてシーンをまとめるような安心感があったなぁと
思いました。自分が前に立つシーンは、どこかちょっと控えめに
なりがちだけど、そこは経験と練習でちょっとずつ自信を
身につけていったらいいなと思いました。感情の細かい機微の
取り方も、多分これから。そういう伸び代が沢山あって、
天神さんはしきりに「宝島君はいいよぉ〜」「宇野津はいい
役者さんを見つけてきたね」って言っていました(笑)
自分のペースでお芝居を作れるし、やらなければならないことは
きっちり仕上げてくる。若いのにこれだけ癖がなく、フラットに
芝居ができるというのはとてもいいと思うので、どんな役者さんに
なりたいか、そういうビジョンを持ってお芝居を続けていって
くれたらいいなと思いました。

中島さんは、きっちりと見た人に100%伝わるお芝居を
クオリティが変わることなく毎回同じように演じられていて、
とてつもなく地力がある役者さんだなと思いました。
映画なんだからわかりやすくていい、とかそんな風に言われ
そうだけれど、それを当たり前のようにできるというのは
凄いことだなと思いました。私はどうしたって、他の人の
芝居を気にしてしまうし、その人の機微で私の感情を違う
ところから入れていつもの場所から出すっていうことが
出来なくなってしまうような気がしています。
映像でお芝居がぶれないというのは凄く大事だなって
思いました。

すばるの坂本さんも、中島さんと同じで、毎回きっちり
同じクオリティの芝居をされていて、尚且つ、自分の
役回りもしっかり反映されていて、やっぱり上手い方だな
と思いました。撮影が無いときも、気さくに声を掛けて
下さって凄く嬉しかったし、そういう柔軟な所が、
お芝居にも出ているのかなと思いました。

河野くんのシーンは少ししか見ることができなかったけど、
自分がやりたいこと、やらなきゃいけないことを自分の
中には持っているけど、なかなかそれが表現に繋がりそうで
繋がらない、という感じ。それでも、きっとそこを抜けて
もう一つ上手くなるんじゃないかなっていう可能性は
あるように思いました。きっと河野くんは行動で、芝居で
示してくれると思っているので、楽しみにしています。(にっこり

スタッフで参加してくれていた、朝日さん、森田ちゃんには
お世話になりました。そしておっかなびっくり(笑)だけれど、
一緒懸命関わってくれたまぁこちゃん(ごめん、本名覚えてなくて)も
ありがとうございました。

朝日さんは物凄く真摯で真面目なんだなっていうのが、衣装の
リストや私の衣装の確認対応を見ていて凄く思いました。
沢山の方の衣装を管理してくれていて、本当に大変だったと
思うけれど、きっとみんな感謝していると思います。
私も衣装リストが凄く助かりました。

森田ちゃんは忙しい合間をぬって、劇団のお仕事も並行しながら、
それでも現場に来られるときは来ていて、凄い気持ちの子だなと
思いました。スタッフとしていても、全体を見ていて、何もない
時はきっちり待機している。そういう仕事への関わり方ができる
人ってなかなかいないと思うので、流石だなと思いました。
確認の時に森田ちゃんを頼ってしまったり、ついつい話を振って
しまったりして、私の方がダメ感が凄かったです。(笑)
まぁこちゃんにもちゃんと仕事を振って、居場所を作ってあげて
いたのが凄いなと思いました。あぁ、うちにも欲しい!
これだけスタッフを一所懸命やってくれる人は、役者としても
しっかり取り組んでくれます。役者・森田ちゃんの姿も楽しみに
しています。

まぁこちゃんは戸惑いながらも自分ができることを一所懸命
やっていて、いい子だなぁと思いました。芝居をしてもきっと
すごく真面目な感じなんだろうなという印象もあるけれど、
まだまだこれからなので、知らない人たちの中に飛び込んでいく、
その勇気を芝居にも持って、色んな表現に飛び込んでいって
もらえたらいいなぁと思いました。(※芝居も見てないのに
適当なことを言っています。)


■わたしのこと(反省)

自然体で居すぎて、他の役者のみなさんとかスタッフさんに
ご迷惑をかけているのではないか、という点が一番気がかり
です。(笑)芝居できちんと結果を出す、ということも
大事だと思うのですが、こういう映画とかって、人との繋がり
が大事だなって私は思っています。

そんな中で役者としての付加価値もそうだけれど、人付き合い
とか、気配りとか、そういった点でマイナス要素になるような
ことがあったらダメだよな、と思っています。

カメラ監督の島倉さんには、気を遣っていただいて本当に
感謝していると同時に、体調が悪くて咳が出てしまった時に、
配慮をさせてしまったのが申し訳なかったなと思っています。
あれは、我慢しないで、きちんと自分から謝って撮影を
止めさせていただくべきだったなと思います。
仕方のないことは多々あるけれど、それをきちんと自分の責任で
対処できなかったというのは役者としてよくなかったなと
思っています。
合間にブログを読んで下さったり、宣材写真いいよ、と言って
下さったり、私も島倉さんのあの冗談ばっかりのトークとか
大好きですし(笑)ご縁をいただいて嬉しかったです。

商店街のみなさんには、芝居で本当に助けていただきました。
栗林さんのお芝居に甘えてしまって、もっと栗林さんが
こうしたいとか、どうしたらいい、という思いを聴くだけでも
もっとできればよかったかなという思いはあります。
それが今の自分には出来ない、というのがわかったのはきちんと
受け止めなければならないなって思いました。
やっぱり教えるの、私は下手です。

今回、芝居をやったことが無い人に対して教える、という
機会が結構ありました。天神さんはやっぱり言葉にして
相手の中にするっと入れるのが上手いなと思ったし、
宇野津さんは丁寧に言葉を繋いて伝える、という伝え方を
される方なんだな、優しいなって思いました。

そういうとき、どんな言葉を使ったらいいか、わかりやすく
相手に伝えるにはどうしたらいいか、っていうのが重要だな
って思いました。説明が過剰すぎても相手の情報処理が
追い付かないし、かといって、
「ここはもっと距離感がある感じで」
というひとことだけでは芝居をやっている人には足りない。
(実際に、宇野津さんからの演出で、これくらいの一言を
 聴いて、私は「わかりました」となったんだけれど、
 栗林さんは、「え?今の一言でわかったの?」ってなって
 いましたし。)
過不足なく意図を伝えるというのは難しいけれど、色んな人と
芝居をする上で、これは大事で、必要なことなんだなって
思いました。

何となく、書きたいことをわーーーっと並べて書いたので、
思った順とかつながりとかがぐちゃぐちゃになってしまいました。
撮影期間は3日くらいしか私はなかったのですが、
3週間くらいの期間があって。その間に、関わっていた方々の
ツイートやFacebookや様子を垣間見られるものが沢山見られて。
色んな方がツイートしてくれたりして、みんな楽しいんだなって
感じました。現場も凄く楽しかったし、スタッフさんも楽しそうで、
こういった人たちのお蔭で、芝居をすることが出来ているんだなって
凄く感じました。本当に感謝がいっぱい詰まった現場でした。

監督の清水さんも実は81年生まれ組で。それを聞いた時に、
あぁ、やっぱりこの世代なんだな。一番前を、全力で走れるのは
この世代なんだって思いました。
本当にこの現場にきて、色んな方をみて、県内の役者メンバーと
おしゃべりして、今ここに集まったものをここで終わらせては
いけないんじゃないかって凄く思っています。
多分私一人ではできないし、誰か一人でもできないって思います。
誰かと誰かと誰かと誰かが、同じ時期に一歩を踏み出す。
そういうスタートラインに立つ頃が、近づいてきているんじゃ
ないかなって思います。

富山って土地柄とか人柄とか色々あるけど、演劇やってる
役者にも色々あるけど、全力で最前線を走りたいって
思ってるメンバーは、結構いいメンバーなんじゃないかって
思っています。私、本当に好きだなって思います。
私のことはみんなそうじゃないかもしれないけど、そんなことは
大事じゃなくて、私が周りの皆を好きかどうか、それだけで
いいって思っています。私が嫌だ、というならば私が抜けるだけです。

とにかく、とても楽しい現場でした。そして、次に進むための
そんなきっかけだったと思います。このお仕事を大変だったと
思うけれど受けてくれた宇野津さん。公演が控えているのに
沢山お手伝いいただいた血が滾のメンバーさん、本当に
ありがとうございました。そして出演して下さった県内の役者の
みなさん、ありがとうございました。

私は多分、相変わらずの感じでこれからも演劇を続けていけたら
いいなって思っています。もし何か力になれることがあったら、
また、お声をかけてください。
本当にどうもありがとうございました。感謝。

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きっかけとタイミングがご縁を呼んで次のご縁になる

珍しく、ブログを書くのに間が空いてしまいました。
生きています。
ここのブログを書いていないだけで、
「何か面白いことをする」(平日毎日更新)と
「フロンティアブログ」(土日中心で更新)は更新しているので、
なんていうか、ほぼ毎日どこかでブログを書いている、という
感じにはなっているんですけどね。(笑)

まぁ・・・共有のスケジュールアプリを見ますと、
4月から8月いっぱいまで、まぁ、沢山予定がありました。
現在8月、今が一番スケジュールが埋まっています。(笑)
忙しいのはありがたいことですね。

主に「のとえみと天神祐耶が何か面白いことをする」
(近々ユニット名を発表できる模様)のスケジュールが凄い。
打ち合わせが毎週あったりとかね(笑)
こんなに何かをするために打ち合わせをしたことなんて今まで
なかったなぁって思ってます。

それでもこのスケジュールで動くのは、話し合いをすると
やりたいことの完成度がやっぱり上がるんですよね。
一緒にやってくれているメンバーも、ようやく何をどうしたら
いいか、っていうのを自分で考えて行動できるようになって
来ました。

これをやらなきゃいけないとか、このスタッフなんだから、
っていうのは役割として必要だと思っています。
外に向けてその役割を言うことによって、自分自身がこの
ユニットのサポートメンバーとしてどういう立ち位置にいるのか
っていうことを自分に言い聞かせる。そして、そうなっていく。
だから、厳しいかもしれないけれどユニットとして何か動いて
いるときは、プライベートな部分とちょっと切り離した意識で
いないとだめなのかなぁとも思っています。

友だち⇔友だち
役者⇔友だち

ユニットで活動しているのに、外に対したらこういうのって
ちょっと違和感ありますもんね。

役者⇔役者
スタッフ⇔役者

っていう立場で動きたいし、そうじゃないときは友達とか仲間、
っていう関係性でいたいって思います。なかなかユニットで、
メンバーで自分の役割が明確じゃないとどう立ち回っていいか
わからないですもんね。そういうのが徐々になくなってきて、
みんなオンオフがちゃんとできてきたなぁって思ってます。
与えられたこと、じゃなくても、自分の得意なところとか
興味のあるところを伸ばしたり、それをとっかかりにして自信を
つけていったり、これができたから次はこれ、っていう風に
なっていってくれたら嬉しいなって思います。

今はようやくやりたいことのメインが形になりました。
ちょっとだけここまで終わってほっとしています。


それと並行して、劇団フロンティアの秋公演が始まっています。
作品は再再演で、私も2回目となる「煙が目にしみる」という
作品です。キャストとスタッフを兼ねているので、そこそこ
忙しくなってきました。
勝手知ったる自分の劇団、ですがやることは掴んでいるとはいえ、
実務の作業をするのには物理的な時間が必要です。
その時間をちゃんと確保して行けるのか、うん、心配です。(笑)
台詞は8割くらい入ったので、大丈夫、かな?


そんでもって、これがめっちゃ嬉しいことなのですが、予想外に
映画の出演をすることになりました。
8月が急激に忙しくなったのはこの撮影があるからですね。
多分、依頼をいただけたのも、3月の春公演を観に来て下さった
その作品の出来の結果だと思います。また、それを観に来てくれた
タイミングだったり、作品との相性だったりもあると思います。

そういうのをひっくるめて、また一つこの作品が起点になったの
かなと思っています。多分今までの私ではこの映画にはつなげ
られなかったと思うんだよなぁ。信用を作ったのはこの作品で、
だと思っています。

本当にいい方向に物事が進んでいて、大丈夫なのかな、って
心配になるくらいです。今までの積み立てのお蔭でこれが
起きていると思いたいです(笑)

演劇でご縁を繋いできたけれど、それだけに頼らずに、
演劇を横に置いておいてもちゃんと関係を保てるように
なりたいなと思っています。せっかく映画では色んな劇団の
方と共演させていただける機会なので。

以前に宇野津さんから県内のアマチュア役者でなにか、
っていうのをちょこっと聞いたことがあるのですが、
その時はもっと別の形で、という話をしていました。
だから、今回こんなに県内の役者が集まることができたのも、
宇野津さんがやりたかったことのひとつの形なのかなと
思っています。たまたま、のタイミングだったのかも、知れませんが。

こんな素敵なきっかけとご縁をつないでくれたので、その分は
きちんと作品や演技でお返し出来たらいいなと思っています。
うーん、難しいけど。ホント、難しいです(笑)
あとは、こういう縁をちゃんとつないでいくこと。
タイミング的には遅いくらいだったのかもしれないけど、それを
嘆いていても仕方ない。これが、ベストのタイミングだった。
ここからのスタートが最速でベスト。そう思っています。

なんか思いついた言いたかったことをずらずら書いたら
こんな風になってしまいました。
twitterもいいけど、こうやって考えをまとめるときは
ブログがいいなぁ、やっぱり。
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「台本をどう読んでいるか」をできるだけ書く

自分以外の人に「台本を読む」ということを話す場合、
立ち返って、それは自分がどう読んでいるかということを
意識せざる負えないのでは、と思いついた。

そんなわけで自分が台本を読むとき、どう読んでいるかを
整理してみようと思います。


最初に台本を読むときは、自分がどの役を演じるか決まって
いないことが大半です。上演候補として読むときは、自分なら
どの役になりそうかというのを頭の片隅に置きながら読む
こともあります。

私は読むのが結構速い方で、繰り返し何回も読むことが多いです。
1回で集中してじっくり読む派の天神さんとは逆かもですね。


1回目は、役が決まっていないこともあり、展開(ストーリー)
を把握して終わることが多いかもしれません。
その中で自分に引っかかってくる役(感情移入しやすい、
感情を取りやすい、共感しやすいなど)があれば、その役を
ちょっと贔屓目に置きながら最後まで読みます。
誰が主人公か、どのキャラがどういう役割をするのか、というのも
最初の読みでざっくりととります。

この最初のイメージを私は結構大事にします。
繰り返し読んだり、演じはじめると、迷ったり、どんなキャラに
したらいいか悩んでしまうことがあります。そういうときに、
この最初に読んだイメージに一回立ち返ってリセットする
という時に最初のイメージがあるととても助かります。

最初のイメージにこだわり過ぎると自分の表現の幅を狭めて
しまうのですが、大きく見て、最初のイメージが間違っている
ということがあまりないので、一応基準にしています。

最初に読み合わせをするときは、この最初のイメージを
自分で表現できるかどうか、くらいの意識です。
それが大体できるようなら、次からは最初のイメージを
越える表現が出るように挑戦していきます。



2回目にしっかり読むのは、役が決まってからです。
役が決まってからは、その役を中心に読みます。

最初から最後まで、自分の演じる役の感情の変化をとります。
何かしらどの役にも作品の中で成長があると思っているので、
「最初はこうだったけど、最後はこうなった」
という点に注目します。
これがとれると、演じるときに凄くやりやすいので。
脇役だと丁寧にその変化が書かれていないことが多いので、
間を埋める作業が必要だな・・・と覚悟します(笑)

ずっと出ているということは台本上あまりないので、
自分の出番があるシーンで、自分はどんな役回りで、どんな
ことをしなければならないのか、というのもざっくりとります。

・次のシーンへの布石
・最後のシーンを成立させるために必要
・雰囲気を前のシーンと変える
・自分の役の気持ちが前のシーンから変わる

などなど、ざっくりと、
「このシーンで自分は何をしなければならないか」
ということもこの辺りでとります。
天神さんの読み方でいう所の「客観」という視点でしょうか。

また、お客さんからこのキャラクターはどう思われたいか、
というのもこの辺りでざっくり考えます。

・嫌われてはいけない
・共感されるキャラであって欲しい
・最初はむかつくと思われても、最後は同情して欲しい

などなど。この辺は、天神さんの読み方でいうところの、
「客席からの目線」というのに近いかもしれません。

この後は、実はあまり自分の役割についてはあまり考えません。
あまり決めすぎると、演出さんの視点と食い違っていた時に
自分の考えを修正できなくなるからです。
ざっくりと方向性を決めるくらいにして、あとは演出さんの
言葉から推測したり、すり合わせをしたりして決めていきます。



3回目以降は、かなり具体的に、細かく台本を読みます。
ここからは延々と同じことの繰り返しです。

台詞のひとことひとことを区切って、どの感情かを
ひたすらとります。これを全部の台詞に納得いくまで
繰り返します。

これかな?これかな?と思うものをいくつか持って
稽古場に行きます。稽古場にいったら台本を読んで感情を
探すことはしません。稽古場には台本を読んですくった
感情を持って行きます。それを実際に稽古してみて、
その方向でしっくりきたらひとまずOK。
ダメだったらもう一回やり直しです。
自分が予想しないしっくりくるものが稽古の間に出たら
とても嬉しいです。
稽古場は色々試す場所なので、試せるものを持って行く、
というのが大事かなと思っています。


稽古を沢山していると、感覚とか感情が麻痺してきて、
どうしても新鮮じゃない芝居になっていくことがあります。
一番それが怖い。
そういう時は、相手を見ることにしています。
相手をみて、相手の芝居を受けて出たものを信じる。
相手の芝居を受けても同じものしかでないときは、
相手も同じ状態かもしれないですが、大抵は自分の受け方が
甘い時です。言葉の音色、表情、しぐさ、絶対に前と
同じということはありません。どこかにヒントがあると
思って、細かい所まで集中してみます。
そうすると、新鮮な芝居になるような気がしています。

こっちも参考までに。
「受けて、返す」の中で私がどうなっているかを出来るだけ書く
http://yellowrabbit.jugem.jp/?eid=1670



複数の視点から見て演じることも大事ですが、わたしは
そんなに器用ではないので、自分の役の感情を中心にしています。
客観的な視点は、演出さんがこうして欲しいと言ってくれる
事が多いので、そこはかなり頼ります。
演出さんがしたいことに自分の役を寄せたり、感情の流れとか
きっかけとかを調整します。
途中で方向転換する場合もあるので、プランは少なくても2つ
用意するようにはしています。自分と合う演出家さんだと、
大体この2つでなんとかなります(笑)

基本的に、私は自分の芝居をあんまり信用していないので、
相手の芝居から感情につなげるようにというは意識しています。
(できるとは言ってない)
自分で考えた感情は思い込みかもしれないですからね。
実際相手から発せられた言葉を聞いた時の方が、衝撃は大きい
ですし。

あと、演出さんから言われたことは、とりあえず「やってみる」。
やってみて出来るかできないかは演出さんにゆだねればいいと
思っています。

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声と言葉と身体と気持ちが欠けないで

先日、桜舟剣遊会さんの見学&ちょこっと練習に参加を
させていただきました。
運動も苦手だし、殺陣も大学のサークルの時に付け焼刃で
やったくらいなので、できるかな〜・・・という感じで
おっかなびっくりになってしまいましたが、参加させて
いただきました。

相変わらず、引き出しが無いことに関しては、頭で完成系を
イメージしながらじゃないとできないんだなぁと思ったり(笑)
ダンスもそうだけれど、ふり覚えが本当に悪いし引き出しが
ないなぁ(笑)と思いながら参加していました。


何の因果か、3月の公演が終わってから、演劇ではないものに
触れる機会の印象が強くありました。

この前は、声だけで演技をするという機会。
今回は、身体だけで演技をするという機会。

演劇ではないものに触れて、私は本当に演劇がやりたいんだなぁ
って改めて強く思いました。

声と言葉だけでは満足できないし、身体だけでも満足できない。
声と言葉と体と感情。
それがすべてある演劇が私は好きで、どれか一つが欠けても
だめなんだなって思いました。
演劇から離れてみて、あらためて演劇が好きなんだって思いました。

本当は、声だけの活動も、殺陣も、ダンスも、歌も、
何でもやりたい。できるものなら全部やってみたい。
けれども、私は昔からずーっと言ってるんだけど、
何かをやり始めたら、絶対にそれが上手くなりたいって思うし、
上達するため、教えてくれる人に失礼にならないために、
全力でそのために時間を使ってしまう。
簡単に「気軽な気持ちで楽しんでやればいい」っていって
誘ってくる人もいるんだけど、私は絶対にそんな気軽気持ちで
「楽しい」って思えない。
全力でやって、時間を使えるだけ使って、上達して、
できないことが出来るようになって初めて「楽しい」って思う。
私の「楽しい」はそんな楽しいなのです。

だから、何かを始めてしまった結果、演劇が疎かになってしまう
のが本当に嫌だ。ただでさえ、演劇のこともしっかりできない
というのに、その他のことに時間を使ってしまうなんて勿体ない。
他のことに没頭してしまって、演劇ができなくなるのは本末転倒
だと思う。

本当に色々なことを最近体験させてもらって、ありがたいなぁって
思ってます。今だからこそできることなのかもしれない。

今新しいことを始めているけれど、もっと早く始めていればって
いう気持ちも一瞬よぎったりしたこともあるんじゃないかなって
思う。でも、もっと若い時だったら、ここまで自分の意図通りに
できなかったかもしれないし、技術や演技や人間が伴っていなくて
上手くいかなかったかもしれない。
色んなものがすべて合わさって、一番いいスタートが今なんだって
思う。本当にそれはそう思う。

与えられる機会を大切に。時間を大切に。
今できることを全力で大切に。
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コムクレープ

焦がしクレープの「コムクレープ」さん!
富山本店に行ってきました〜><

行きたかったんだけれども、なかなか市街の方に
行かなかったので、食べる機会がなかったのですが、
この日は近くまで来たので立ち寄ってみました!


コムクレープ 本店 (comcrepe)
富山県富山市中央通り1-6-29 minimall091-1F
076-491-7017

【営業時間】 11:00〜19:00 ※日曜営業

【定休日】 水曜日

http://comcrepe.com/



総曲輪通りから中央通りに向かって歩き、
アーケードを抜けるとすぐ斜め前にお店があります。


壁にめっちゃクレープの写真があるので、すぐわかります。
そして、あぁ〜>< 全部食べたい・・・!


窓口で注文してからクレープを焦がしてくれます。



この日はスタンダードに焦がしクレープを食べました〜。
寒かったのもあるかもしれませんが、思ったよりも
クリームがひんやりしてて冷たい!
アイスっぽい!という印象。

そして表面の焦がし部分が、パリパリ!!
このパリパリだけずっと食べたい!(笑)
こう、食べて、焦がして、食べて、焦がしてを繰り返し
たくなります!なめらかなクリームとパリパリで甘さが
ぎゅっとなっている焦がし部分がおいしい!

思ったよりも小さ目だと思うので、気持ちよく食べられる
と思います。あ〜、今度はプレーンとココアのミクレープが
食べたいな〜あ〜。

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Shogun Burger(ショウグンバーガー)

SNSでチラッと見て、「うおおおおおこれは肉だああああ!」
ということで、一度でいいから行ってみたい・・・と思って
行ってきました!



ショウグンマークの大きな提灯がカワイイ!


Shogun Burger(ショウグンバーガー)
富山県富山市総曲輪3-3-21
080-4250-2983

Facebook
https://www.facebook.com/ShogunBurger/

【営業時間】
AM11:00〜PM20;00
(木曜〜月曜)

ランチ営業、日曜営業

【定休日】
水曜日



グランドプラザの広いスペースを通って、総曲輪通りの
道まで出ます。その総曲輪通りの並びではなく、
正面くらいの細い路地をちょっと行ったところにあります。
総曲輪通りを探してしまいがちですが、その並びには無い
のでご注意を。

細い道の方には、私が行った時には看板が出てました!


とりあえずメニューを見ていただければお分かり頂ける
と思うのですが、ハンバーガーにしてはめっちゃ高いです!
ですが、色んなバーガー(チェーン中心)が好きで
食べ歩いてきたので、これはもう!絶対食べなければ!
という気合でお店へ!



お好みでケチャップとかマスタードをオンできます。
お皿に盛られてくるので、自分で左にあるペーパーに
包んで食べます。


先に注文をして店内で待機。
店内は4席しかありませんが、お店の向かいにテーブルが
出ていたので、人数が多い時はそこで食べることもできそう。
グランドプラザにも休憩スペースが出ている時は、
テイクアウトした方がいいかもしれません。
(なぜならば・・・後述)


とりあえず私はもう高いの食べよう!!ということで、
ベーコンチーズエッグバーガーのセットをチョイス。
セットは、ドリンクとポテトが付いてきます。
(¥1500 ※単品の時は300引き)
ポテト大好きです!!



うおおおおおおおおおお!!!
めっちゃいっぱいのっているうううう!!!
もう手で押さえられない!!はみ出てる!全部が!!

ポテトももうこぼれてます!!
細いポテトでカリカリにあがっているこの感じ、
めっちゃ私が大好きなやつです。ポテトだけ食べたい。

ベーコンはスライスにしましたが、かたまり(ブロック)
と選べます。でも個人的にはスライスをオススメ。



はみ出てくるやつらを何とか手懐けてペーパーへ。
もうね・・・せっかくのエッグが、玉子がペーパーに
入れる前につぶれまして・・・自分の不器用さが忌々しい
感じでしたが、結果オーライ。

この玉子の黄身が、全体に万遍なく伝わったのが
すごーーーーくおいしかったです。あの甘さが絡んで、
いい感じ・・・!

ベーコンをスライスにするのとテイクアウトに最初から
してもらうのがオススメなのは、上手にペーパーに
自分で挟めないからでした(笑)


ずっしりと重みのあるバーガーで、沢山挟まって
いるのに、お肉の存在感が凄いありました。
パテではなく、お肉。
しっかりお肉の味もするけれど、ソースとか他の
素材の味もお肉にしっかり寄り添っている感じです。
ベーコンとチーズの塩気と玉子の甘さが、玉子の黄身で
いっしょに包まれている感じで、一体感も。

ただ、バーガーですが、パンの存在が消えます(笑)
食後の感想は、「お肉を食べた」っていう印象(笑)
パンを含めてハンバーガーというならば、パンの印象が
無くなってしまうので、バーガーというよりは、
お肉を食べに来たという感じです。お肉大好きな人には
オススメです・・・!



ついでにこちらも。
これはチーズバーガーだったかな。(¥1200)

食べていませんが、バーガーとチーズがしっかりと
組みあっているのでこちらの方が全体のバランスが
とれているような雰囲気だったかも!食べてないけど!


ハンバーガーを食べに来た〜!という気軽な感じで
ちょっとお値段的には食べられないので、
食事をしにきた、くらいの気持ちでくるといいかな〜と
思いました。食べた後は、やっぱり「食事をした」
っていう気持ちになるので(笑)
それくらい食べた後は充実感がありますね!




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感情が決まれば勝手にキャラクターボイス

今日は、自分の引き出しの少なさに向き合うという過酷な
作業をしてきました(笑)いやー、時間にしたらたった
2時間なんだけど、自分の出来ることの少なさ、狭さに
びっくりしますよね、わかっていても(笑)

それでも大人になったのか、昔よりも全然がっかり感はなくて、
あぁ、思ったよりも昔よりちゃんと形になってるなぁという
感じでした。出来るだろうと思うことが30点から60点になった
くらいなんだけど、目に見えて違いが判るというのは
面白いなと思いました。

そんな短い作業の中だったけれど、ひとつひとつやっていく
内に、自分の引きだしの少なさに驚くわけです。
思ったよりもできることのバリエーションが少ないし、
演じるキャラクターの声が全然思い浮かばない。(笑)

この台詞だったらこんな声してるだろうなー、という
自分の想像、引き出しがめっちゃ少ないんですよね。
3つくらいしか思い浮かばないもの・・・。


そんなわけで、キャラクターを演じるときは、声のイメージから
つくる、ということをちょっとだけ放棄しました。(笑)
自分のイメージがはっきりしているキャラクターと、そうでない
キャラクター。読み込み不足なのももちろんある。
でも今すぐにやらなければならない。

じゃあどうしようか、と思った時に、とにかく
「感情だけ先にとる」というやり方にしました。
この台詞の感情はどうか、どう切り替わっていくか、
それだけをとにかくやる。
感情がちゃんととれていれば、そういう感情を出してしまう
キャラクターであったり、声の、感情の音色は出てくるだろう、
と考えたわけですね。

そんなわけで、今日は15個くらいキャラクターをやったわけ
ですが、そのうちのいくつかは、自分の中にイメージを
つくらないまま、感情だけをとってやってみました。
自分でも思いがけない声が出たり、感情がスムーズにいったり、
ちゃんと文章が読み込めていなくて感情がとれていなくて
なんかぐだぐだになったり。(笑)
そういうのができて、面白かったです。

私は最初に声ありきでキャラクターをやることが多かった
けれど、こんな風に感情を決めて演じれば、声って勝手に
でてくるんだなぁと改めて思いました。
もちろん、「こんな声のイメージでやって欲しい」っていう
ものがあれば、それが優先になるんだけれど。

舞台でも、最初は声から作るっていうやり方をしてた
時もあったんだけれど、その価値観を変えようと思って、
すごく頑張った時期がありました。
これって、自分の価値観を変えればやめることができるん
ですよね。自分の声があんまり好きじゃなかった時があって、
その時に、こういう声じゃないとキャラクターにならない、
こういうキャラはこういう声じゃないと、自分の地声や
素の声ではこのキャラクターにならない、っていう
思い込みがありました。

それを、自分の地声や素の声でも、演劇、舞台なんだから、
動きや感情、声以外の部分でちゃんと表現することができれば、
声はどんなでも大丈夫だ、っていう価値観に変える。
まだ声を気にしてしまうことがあるけれど、昔よりは
このキャラクターだってこんな声を出すんだとか、
かわいいキャラだけど、この自分の声でかわいいキャラとして
成立させられるっていう自信がちょっとずつでてきたから、
価値観が変えられたのかなと思っています。

今日の作業は出来上がったら皆さんにも見ていただけるかも
しれないので、もし見ていただけるようであれば楽しみに
していただければなーと思います。

私的には、割とどれも自分と声のキャラクターとのギャップは
なかったですが、聞いていた人にとっては、イメージに無い
ものがあったみたいで、何か新しいものを見せられてよかった
なーと思いました。自分でそういうこともやっていたので、
自分ではやったらやったで出来るんだけど、そんなに自信が
ないし、恥ずかしいのであまり表に出していなかっただけです…。
すいません。(笑)それで興味を持ってくれる方がいたら
嬉しいなと思います。

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職業役者卒業からの趣味役者

最近演劇関係の役者さんとか制作者さんとか演出家さんの
twitterをフォローしているのですが、ためになる言葉や
これ私も思ってた!というようなtweetがあって、
刺激を沢山もらっています。

県内のアマチュア勢に、きっとこの方は知らないだろうなとか
この記事いいんですよ・・・というのを紹介できる機会にも
なって、個人的にはいいなと思っています。

これはいつか記事として書いておきたいなぁと思ったものが
あったので、メモしておこうと思います。







個人的には、職業としての役者目指していて、諦めて
地元で演劇をやっている勢なので、プロの目線でもこういう
考えの方々がいて嬉しいなと思っています。

その反面、実際の田舎にUターン演劇したものとしては、
いやいや、都市部と田舎じゃ状況が違うんですよ、奥さん、
という気持ちもあります。


■稽古に人が集まらない

職業役者を目指していて、諦めて地元にUターン演劇
したわけですが、まず最初に地元の劇団、稽古を見たときに、
あまりにも人が集まっていないという現状に驚きでした。

20時半稽古スタートなのですが、時間通りに集まっているのは
キャストの半分にも満たないというのが現実でした。
そのあと21時くらいになってようやく人が集まってきて稽古。
終わるのは22時半くらいです。

本当にこれで大丈夫なの?というのが感想でした。

それまで稽古と言えば時間通りに開始し、稽古し、自主練を
するのが当たり前だったので、これで本当に今まで自分が
やってきたくらいのものをつくれるの?と心配になりました。

それから9年ほど経ちましたが、少しずつ改善されて、
今は20時半集合で、ほとんどのキャストが集まる環境にまで
なりました。
どうしても遅れる人は、ほとんどが仕事か家の事情です。
お休みに関してもそうです。
それがアマチュア劇団としては通常起こりうることとして
思っていてほしいと思います。
多分私の所属している劇団だけでなく、仕事をしながら
演劇をやっている劇団さんではこういうことって何かしら
起きていると思います。県内でもチラチラそういう話は
聴きますしね。

必ずしも全部の劇団がそうとは限らないし、市民劇団は
しっかりしていると思いますので、全部が当てはまるとは
思いませんが。

また、役者や作品にもバラつきがあります。
全員がうまいわけではない。オリジナル脚本が面白い
かどうかもわからない。

昔、私がUターンする前にも、元プロの役者さんが劇団に
入りたいときたらしいのですが、その方も自分の思っていた
ものと違っていたようで、かなり辛辣な言葉を残して
いったという話も聞いています。私以上になんか、凄かった
らしいです。(笑)


■人が減っていく

なかなか演劇を続けていくのがやはり難しいという話は
よく聞きます。特に家庭の事情でUターンされる方が
多い印象なので、親御さんの面倒をみながら演劇をする
というのは相当大変なようです。
また、結婚を機に戻られた方は、嫁ぎ先等の理解が
得られなかったりすると続けられない、子供ができると
やはり続けられない、といった環境になってしまいがちです。

なので、人は減っていきます。
その分劇団に入ってくれる人もいるので、結果的には
現状維持、という形になるのかもしれません。

また、地元で演劇を若い時からやっている方も多く、
その方が50代〜60代になっても続けているという劇団も
県内には見かけます。
そういった方の想いと、Uターンして演劇を続ける人の
価値観ってやっぱり違う部分もあると個人的には
思っています。

演劇以外で、そういう部分を思いながら活動していか
なければならないという所もあります。
世代の価値観の違いで無くなってしまった劇団もあるとか
噂は聞いています。
本当にやりたい演劇ができるかどうか難しい所です。


■それでもUターン演劇して欲しい

私が地元に戻るとき、同じように都市部で演劇をやって
居た人が地元で続けていける様な集団をどこかでつくって
起きたい、というのは思っていました。
私も下手だけど、この人とだったらギリギリ一緒に
やってもいい、そんな役者になって、同じような役者さんの
帰る場所を作れたらいいなってずっと思っています。

プロでやってたのに、夢破れて帰ってきたって思われるのが
嫌だとか、そういう思いって少なからずあると思うんですよね。
そういう思いにならないように、地元にいい劇団があるって
聞いたから、そこでやっていくのも悪くないかなって思って、
って言えたらちょっとは救いにならないかなって思うんですよね。
胸張って地元で演劇を続けてほしいって思っています。

だから、富山出身で戻らなきゃと思っているけれど、
きっかけがないとか、戻る予定だけど演劇できる場所が
ないんじゃないかなって思っている方がいたら、戻る前に
一回みに来てほしかったりするよね。いい劇場持ってるし、
うちはアマチュアですが。(笑)

市民劇団とかでも、経験者って凄く重宝されるし、そういう
人がいるだけでも作品の質がぐっと上がる気がしています。
今年でひとつ市民演劇がなくなってしまうけれど、
色々劇団も県内さんは知っているので、合いそうな劇団も
紹介しますし、続けるっていうことを最初から諦めないで
もらえたら嬉しいなって思っています。

そう思うと、私が続けることって大事だなって思います。
続けていれば、そう思ってUターン演劇をしてくれる人が
増えるかもしれないですしね。

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「受けて、返す」の中で私がどうなっているかを出来るだけ書く

今回の記事はタイトルの通りです(笑)

芝居を「受けて、返す」。
基本としてやって、っていうのは簡単ですが、
じゃあ一体、その受けて返すをやる中で一体
具体的にどんなことが役者の中で起こっているのか
っていうのを出来るだけ書きたいと思います。

これが合っているかどうかも分からないし、
私が書いたことが伝わるかどうかも分かりませんが、
とりあえず書いてみようと思います。

著作権的にも丁度良いテキストが思いつかないので、
適当に作った文章を使います。


A「すいません」
B「はい」
A「道を教えてほしいのですが」
B「ええと」
A「公園に行きたいのです」
B「ええ。ここをまっすぐいって右です。」
A「ありがとうございます」
B「どういたしまして」



私は「B」をやることにします。
句読点や感嘆などは自由につけることが可能とします。

設定が変わると受け方も変わりますので、違うパターン
でどうなっているか書いてみたいと思います。


設定1:初めてAさんに道を聞かれた。初対面。

A「・・・すいません。」
 (丁寧に、おそるおそる聴く)

 後ろから声を掛けられたイメージで、まずふりむく。
 声を掛けてきた人をまず見て、返事をしても大丈夫そうか
 判断。何を聞かれるのかわからないですが、初対面なので
 無下にも出来ないし、相手も下手に出ている風なので、
 とりあえず返事をしても大丈夫そうだ、と思って出す、はい。

B「・・・はい。」


A「道を教えてほしいのですが」
 (何となく申し訳なさそうに)

 私が教えられる場所なのか判断しかねるが困っている
 ようだし、どうしようかと思って出す、ええと。

B「・・・ええと」

A「公園に行きたいのです」
 (行きたい場所を告げるA)

 公園ならしっているのでほっとした、ええ。
 知っているという安心感、教えるという立場を
 外さないように出す、ここをまっすぐいって右です。

B「ええ。ここをまっすぐいって右です。」

A「ありがとうございます」

 無事に案内ができたので気持ちよく送り出す、
 どういたしまして。

B「どういたしまして」


という感じです。


合間に書いたものが、台詞を出すときに思って気持ちを
つくる、私の中で起こっていること、です。

これは自分の台詞の時にではなく、相手が台詞を
しゃべっているときに、頭の中で起こっていることです。
相手の台詞の中で、自分の感情の変化を起こせる言葉が
出てきたときに、気持ちを動かします。
あるいは、相手の台詞中〜自分の台詞がでる直前まで
起こっていることです。


 公園ならしっているのでほっとした、ええ。

であれば、相手の台詞に「公園」という単語が出てきたときに、
「あ、よかった、それなら知っている。」という安堵で
あったり、得意げになる気持ちだったりを、起こします。
頭でわかっているつもりでも、実際にそういう気持ちを自分に
呼び起こして、本物の気持ちを瞬間的につくるわけです。
これは言葉で言うよりは、練習を重ねていく方がよいのでは
ないかと思います。

理屈がちゃんとわかっていて、こういう風に芝居をしたい、
というのが固まっている人は、それを念頭に置くけれど、
その自分で作った芝居のイメージは捨ててください。
実際に起こる感情は、そんなイメージの範疇におさまるもの
ではないと思います。
そのイメージでしか芝居ができないと、
「準備した芝居」「ひとりで完結している芝居」になって
しまうんじゃないかと思います。

そういう人は、その考えを持つ、実際に稽古で台詞を
いう時は、「そういう気持ちになる」「気持ちを起こす」
という部分に集中して、心を動かす練習をしたらいいと
思います。心を動かすには、相手の台詞を聞いて、聞いたこと
に対して、頭が働いて、気持ちにつなげる。
それをするのが稽古だと私は思います。

その気持ちをつくるのが、最初は30秒かかっていて、
変な間が出来てしまった状態であったら、稽古でそれを
丁度いい、例えば1秒とか、そういう短い時間で気持ちを
つくって出せるようにします。それも稽古だと思います。

そういうのを台本の全編に渡って行います。


では、もし、シチュエーションが違っていたらどうなるか。
別の設定のパターンで書いてみます。


設定1:Aさんに道を聞かれた。同じ日に3回目。

A「・・・すいません。」
 (丁寧に、おそるおそる聴く)

 後ろから声を掛けられたイメージで、まずふりむく。
 声を掛けてきた人をまず見たら、またまた同じ人。
 さっきも声を掛けてきて道を教えたのに、なんで?
 という、はい。

B「・・・はい。」


A「道を教えてほしいのですが」
 (一応申し訳なさそうに)

 え?今まで2回も教えたよね?え?また?
 という気持ちでだす、ええと。

B「ええと」

A「公園に行きたいのです」
 (行きたい場所を告げるA)

 さっきも教えたじゃん!もう3回目だよ!?
 という気持ちがありつつも、一応丁寧に教えるか、
 という気持ちで出す台詞。

B「ええー・・・。ここをまっすぐいって右です。」

A「ありがとうございます」

 一体なぜ簡単な道のりなのにこうなってしまったのか
 不可思議に思いつつも、今度こそは辿り着いてくれと
 思う気持ちで出す、どういたしまして。

B「どういたしまして」


という感じです。
設定が変われば、Aさんの芝居が同じだったとしても、
Bの反応(芝居)が変わってきます。

また、Bのキャラクターによってや、演出によっては、

B「ええー・・・。ここをまっすぐいって右です。」

という台詞は、笑いながらだったり、ちょっとキレ気味だったり
というキャラクターの味を出すことも出来ると思います。

設定と前後の関係などをちゃんと読み解いて、それを芝居に反映
させるのが本が読める、ということだと私は思います。
本が読めてないよ、というのは、台本上に書いてあることで、
役やシチュエーションを成立させるためのものが掬い取れていない、
ということかなと思います。読み取れていたら、本は読めてるけど、
芝居につながっていないとか、表現力が足りない、っていう
言葉になると思いますしね。

実際に芝居を観てもらった方が、表情の変化とかで気持ちが
今作られているとかそういうのが分かりやすいかもとは
思いますが、文章でもなんとなく伝わったでしょうか?

今は簡単な文章でやりましたが、これが台本となると急に
難しくなるかもしれません。
人間の感情ってそれほどまでに複雑なんだなって思います。
でも、それが台本を読む面白さだったり、表現する面白さ
なんじゃないかって思います。

最近「受けて、返す」が出来ていないと思う人が周りに
結構いるなぁと思ったので、そういう人たちに何とかして
届かないかなと思ってまとめてみました。
うーん、ブログ読んでるかな?(笑)
その人の今を突破して欲しいなと思っています。


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モノクロな稽古までの道のり、に

モノクロさんとの稽古当日。
もうそわそわしてたよね、わたしもてらしーも(笑)
ここまでの数ヶ月、2人でしか芝居をしていなかった
ので、他の人と芝居をするっていうのが楽しみだった
んだと思います。

稽古場についてちょっとアップしたりとか、いつもの
感じで話をしていて、メンバーさんが揃って。

私たちも稽古をしてきたけど、モノクロでも昨日稽古を
してきたっていうのを聴いて、わぁ・・・これは本物
だなぁって思いました。そこまでしてくれるとは思って
いなかったから、ただただ感激です。


ひたすらガラが悪いのとえみ


もんかわさんは、凄く丁寧。
言葉を大事にしようってテキストを読んで来てくれて
いました。演出の茜さんとしては、「もんかわには
もんかわの桐子があるのだから、のとえみさんの桐子に
ひっぱられないで、自分のよさで演じた方がいい」と
いう風に言ってくれていて。
もんかわさんは真面目だし、自分がいいとか、好きとか
これだ、って思ったことに対して凄くまっすぐなんだ
ろうなぁって思いました。

最初は言葉の端々に、私を思わせる様な瞬間もあったけど、
最後にまとめとして演じてもらった時は、きちんとそこに
「もんかわさんの桐子」が居たと思います。
ここから自分のものにしていくためには、もんかわさん
なりのキャラクターを維持しながら、的確に台本を読み取る、
っていうところかなと思いました。

外してはいけない感情とか流れっていうものって台本の
中にあると思っています。それを踏まえた上で自分に
しかできない役柄を作る。
踏まえなきゃいけないものを外さないという台本の
読み方って大事だなって思っています。
もんかわさんは頭もいいので、これが出来ればもんかわさん
らしい役柄にスッとはいっていけるんじゃないかって
思います。役者さんの個性として、可愛い方にも綺麗な
方にも振れると思うし、声やしぐさにも魅力があるので、
それを意図して使える役者さんになったら凄い役者さんに
なるんじゃないかなって思います。


零咲くんは、すっごく恥ずかしがりというか、なかなか
自分を見せてくれないずるい子だなぁと思いました(笑)
それも芝居に出ているので、まずはそこを突破する所から
始めました。

言葉の強さや声の大きさでひっぱることで、相手の
声を、気持ちを出させることはできると思います。
「反射」っていう部分ですね。
一端自分で考えてから、自分の理想通りのものを出す、
っていうことが多い中で、たまにスッと本当の気持ちで
セリフを出してくれることもあって、そういう瞬間、
それだよ!って心の中で思っていました(笑)

相手の台詞を聞いて受ける、まずはそれが台本に沿って
いて的確かどうかっていう部分は無視して、
自分が今出したい気持ちを出す。
零咲君はまずそこから始めて、自分の気持ちに嘘を
つかない芝居をしてほしいなって凄く思いました。
本当は素直な役者さんなのに、周りを気にしてそんな
風に演じてしまっているとしたらとても勿体ない。

出せる気持ちは素直だし、観ているお客さんにも
馴染みが深い(お客さんと同じ気持ちを出せる)と
思うから、共感してもらえると思います。
それができる役者さんなのだから、そこを恥ずかし
がらないできちっとやる。それだけで芝居はずっと
良くなると思うし、零咲君をいいって言ってくれる
お客さんも増えてくれると思います。

稽古から稽古が終わって、自分のことに気が付いて
くれた瞬間があったみたいなので、次、零咲君の
芝居を観るときは、きっと変わってくれていると
思います。


そして演出の茜さん。
茜さんは自分なりの視点を持って稽古を見てくれていて、
その視点の強さや意識の強さ、芯の強さを感じました。

「稽古を楽しむ」というのには複数の種類があると思います。
ただ、仲が良くて楽しい、
雰囲気が良くて、何をやっても楽しい、嬉しい、
苦しいけれどそれを越えることができて楽しい、
様々な種類の楽しいがあるはずです。

この白黒硝子というのは、どういう楽しさがある集団で、
どういう楽しさに出会える稽古場なのか。
ただ楽しいだけでは、もしかしたら稽古が深まって
いかないかもしれない。続かないかもしれない。
上達しないかもしれない。
何をする稽古場で、どこへ向かう集団なのか。

集団を一番よくあらわせるのは作品だと思います。
お客さんは作品を観に来るのですから。
だから、稽古をしながら、作品にその集団や稽古場、
役者を詰めていかないと、この人たちでやっているという
意味が薄くなってしまうかもしれない。

そして、台本を読む力は絶対的に必要だと思います。
役者以上の視点で、広い視野で。
それを茜さんはどうしたいか、ですよね。



1時間半くらいの短い時間でしたが、とても長い時間
このメンバーで過ごしていたかのような充実感がありました。
本当に一緒に稽古をしてくれてありがとうございました。

稽古が終わった後もメッセージをやりとりさせて
もらったりして、物凄く演劇やそれ以外のことも知る
機会をもらっています。こんなに演劇の話ができるなんて
幸せです。

一緒にやらせてもらって、私も反射でしか人の芝居を
出すことが出来ないんだなと、まだまだ自分の力の
足りなささを感じました。
相手を許容するという幅も少ない。まだ受ける芝居が
苦手なので、(いや、ひっぱる芝居も苦手だわ・・・)
その辺りをどのくらいまで受けられるようになるかって
いうのが課題だなって思いました。

後はやっぱり精度を上げること。
ぼんやりとした表現からは何とか前に半歩くらいは
進むことができたんじゃないかって思います。
それをもっともっと精度を上げて、伝わりやすくする。
自分でこうやりたいっていう思いを弱くしない、
ひかない、っていうのは気を付けたいなと思いました。

私に足りない所も発見できて、色んな、知らない人と
芝居をするっていうのは面白いなと思いました。
こういう機会がもっと増えたらいいのにな!


面白いことをする2人の話 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |


よく読まれてます☆ どうでもいいことから壮大なことまで答えてます。











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